第46回「粘膜楼閣」

 彼女は、もう僕を必要としていないんだ。なんとなく、そんな気がして仕方がない。誰かに聞いてほしいし、否定してほしいけど、彼女本人が否定してくれればくれるほど、僕には不要だと言われているように聞こえてしまう。厄介な性格だと自分でも思う。めんどくさい、いい年をして一回り違う女の子に好かれたくて、それだけでも鬱陶しいのにこじらせて嫌われたくないと思い始めた
 僕の楼閣は揺らぎ始めた
 彼女に好かれ、みんなに好かれた僕は足元がぐらついて、見苦しくもがいている姿を晒すことにすら耐えられないでいた。被害妄想と誇大妄想は膨らみ続けて、質量のない重圧となって僕の背中を押し潰す
 落ち着け、落ち着かなくちゃ。こんなとき焦って失敗を重ね、それをまた誤魔化そうとして結局自分で自分の居場所を失くしてきたじゃないか。今回も同じことを繰り返すのか、落ち着け、深呼吸しよう。一旦、距離を置こう。今は何をしてもきっとダメだ
 深呼吸しよう、距離をとって、落ち着こう

呼吸をするたび新しくなる
脳が一枚ずつ剥がれてく
深呼吸が愛おしくて何度も吸い込んだ
新鮮な空気、新鮮な酸素、新鮮な脳波、新鮮な世界
おはよう、僕だけの現実
おはよう、僕だけの楼閣

 連絡先を消して、SNSのフォローを外したのは僕のほうだ。何を言われても勘ぐってしまって、どうにも好かれていない気がして、いつしか本当にそうなってしまった。と自分では思いこんでいる
 本当は、そんなことはない。そんなにお前に関心を持って生きてくれる人ばかりじゃない。だといいな、少なくとも嫌われてはいない。でも、無関心は嫌いよりも、もっと残酷なんだけどな
 ふと目をやると冷やしておいた炭酸水のペットボトルが、汗をかいて大粒の水玉をまとったまま転がっている。気づいたときには、いつもこれだ
 蓋をひねると今更のようにパシっと音がして、少し炭酸ガスが鼻をつく。口に入れた時だけあぶくが踊って喉を焼く。余計な砂糖も香りもいらない。炭酸ガスの溶け込んだ水だけでいい。味もそっけもないのに、何故かコレが気に入っている
 何故? ……理由なんか無かったのかもしれない。好きになるのにそもそも理由なんかわからなくて当たり前なのに。好きになられるほど居心地が悪くなることも、素直に凄いと思ってこちらを立ててくれてたことも。だからこそ、一度ずれたものは、もう中々戻らない。その違和感の小石が溝の中で膨れ上がって、やがて動脈瘤のように破裂して何もかも血塗れにして死んでしまう
 今までと同じように接していても、何処か違っている気がしてチグハグになる。その違和感を悟られまいと、無理して笑う声が、言葉が、返信を待つ焦燥と答えを出す尚早が
 何もかもを台無しにする
 僕の焦りも、君の優しさも、芽生えかけた縁と友情も。箱に詰めた大事な思い出も
 これまで通りに過ごしたい、これまで通りに接したい。前と同じフォローと追加と、連絡先に固執する
連絡手段に固執する
言わない気持ちに固執する
言わない言葉に固執する
以前の関係に固執する
昔のままで在りたがる

 にちにちと顔を出すタイルの向こうで蠢く粘膜。表面が乾いてひび割れてくるのを誰かのせいにして、自分の粘り気を他人に求めてまた乾いて。自分には不釣り合いだ、と思うほど素敵だった人が案の定不釣り合いで、あの子は彼女と釣り合う世界に戻っていった
 それだけのことだった
 嘘のような雪の夜に溶けていった別れと、あの夜の胸の高鳴りだけを置き去りにした阿久比駅の2番線がいつまでも踏切を鳴らして赤く光ってる。最終列車が通り過ぎた後も、立ち止まる人を探して踏切が鳴く。疲れ切って足を止めたら、こぼれた涙が瞳に赤く赤くうつって。そこが入り口だよ
 憂鬱と傷跡が赤く赤く浮き上がった
 僕の楼閣へようこそ

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ダイナマイト・キッド
ダイナマイト・キッドです。 プロレス、格闘技、漫画、映画、ラジオ、特撮が好きな33歳肥満児です。 深夜の馬鹿力に投稿中。たまーに読んでもらえてます。 本名の佐野和哉名義でのデビュー作 「タクシー運転手のヨシダさん」 を含む宝島社文庫『廃墟の怖い話』 発売中です。 普段はアルファポリス          https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/376432056 小説家になろう                   https://mypage.syosetu.com/912998/ などに投稿中。 エッセイ、怪談そのほか文章のお仕事もお待ちしております。 kazuya18@hotmail.co.jp までお気軽にお問い合わせ下さいませ
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