#不思議系小説 第86回「粘膜飛行4.」

 ガチャ、と狭く細長いドアを開ける。輪をかけて狭い廊下に薄暗い照明がぽつりぽつりと並び、窓の外は夕暮れの無人駅。ゴウンゴウンと何かが駆動する音や、カタコンカタコンいうポンプの音が混じり合って響くが、車内に人の気配は無く意外と静かに感じられた。すぐ隣のドアまでが、思いのほか遠く長く感じられた。実際にはほとんど隣り合わせで、ドアとドアの間なんてセンチメートル単位じゃないかと思う。あの壁の薄さを考えたら猶更だ。だけど、その一歩が果てしなく長かった。自分の足がスローモーションで動いているのに、気持ちだけは早まって前のめり。ちぐはぐな心身から漏れ出たあぶくの中に浮かんでいるのは緑色したミニチュア脳味噌。軍艦巻きには山盛り蟹味噌。荒い吐息が喉元で詰まって、咳き込んだ拍子にごぼりと浮き出たあぶくの中には緑色したミニチュア心臓、軍艦島の形をした虚像、それを運んで行く巨象。
 子供の象と年老いた象がサーカス小屋に入る。ほらアンタは道化を演じながら人生を鼻で笑う。すっかりと日が暮れたスポメニックの無人駅を離れる。列車が車輪を軋ませる。枕木を叩いて笑う。スポメニックが遠ざかる。最後の駅を目指して走る。次は終点、どんな駅が僕らを待ってる?
 たどり着いたドアの向こうで、どんな顔してあの子が待ってる……?

 寝台特急サンセット倫理の後部車両。狭く小さなコンパートメント80号室の質素な、いや粗末なドアノブに手をかけようとして、ノックして声をかけるべきか少し迷った。今更ながらに顔を出す、この自分の小心者丸出しで似非紳士じみた行動が昔から本当に許せない。嫌いで仕方がないが直らない。悲しいかな、何かをしでかすために何かで埋め合わせをしたくて仕方がない。昔から誰かを殴ったあとだけは誰よりも優しい人間でいる事が出来た。結局自分がいちばん可愛いのだ。

 なりふり構わず生きてることを散々アピールしてくるくせに、常日頃からアレをされたこんな目に遭った、私はヒトサマから大切にされないと嘆くアイツやコイツが、羨ましくは無いけど憎たらしい。二千円のモノを買えば一万円のモノは買ってもらえないと嘆き、一万円出したってきっと五万円がどうのと言うに決まってる。礼を言うでもなく、誰に嘆くでもなく、何も考えず自然とそんな言葉が口をついて出たり言葉にして発信する。そういう性格だから、誰も彼もヒトサマはお前なんか大事にしないんだろうし、自分自身の傷みの早さに焦るお前はお前を自分自身で腐らせてる。今まで何があったかわからないが、それでも少なくともオモテには出さない人の方が大事にはされやすいと思う。そしてそんなお前を懲りずに支えて励まし相手にするのは僕じゃない。

 気に食わない奴等の事を腹立ちまぎれに思い出し罵倒したところで、自分の暗部をさらけ出すだけではあるのだが。ほらまた、何かにおびえて理屈を立ててる。好き勝手なこと言うのも結局は唇寒くて窮屈で、そんな自分が嫌いだけれど好きになれそうもない。

 そして僕は結局今日も、目の前のドアを開けられない。

 軽快で規則的なリズムでレールを走っていた車輪の響きが、突然
 ゴォーーっと鳴る轟音に変わった。鉄橋に差し掛かり、川面を渡る風を切ってサンセット倫理が走り抜ける。背後の窓から差し込む赤紫色をした最後の夕日が僕の影をドアに伸ばす。長く伸びた影、その右手が、ドアノブのうえにしっかり乗っていた。脳が躊躇っても、心が尻込みをしても、既に僕はドアを開けようと決めていた。決めてから、やっぱり辞める理由を探して、君が大事だとか大切だとか守りたいだとか、もっともらしいことをきっと言うつもりだ。

 ハリボテのキングが安物の玉座に腰かけて、グルグル回る俺を指さし叫んでる。アイツを止めろ、止めろ、止めろと叫んだ拍子に椅子からは転げ落ち冠はひしゃげて曲がり天鵞絨のマントが泥にまみれて。深紅の背景に金色の太い線、意味もなくキラキラ光る星の装飾、安く、とにかく、派手に豪華にケバケバしく、安く!

 コスパのいい玉座の樹脂がそのままお前の生きた証、今にも吹けば飛びそうな墓石破壊し進むべし。

つづく。

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ダイナマイト・キッド
ダイナマイト・キッドです 写真は友人のクマさんと相撲を取る私 プロレス、格闘技、漫画、映画、ラジオ、特撮が好き 深夜の馬鹿力にも投稿中。たまーに読んでもらえてます   本名の佐野和哉名義でのデビュー作 「タクシー運転手のヨシダさん」 を含む宝島社文庫『廃墟の怖い話』 発売中です 普段はアルファポリス          https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/376432056 小説家になろう                   https://mypage.syosetu.com/912998/ などに投稿中 プロレス団体「大衆プロレス松山座」座長、松山勘十郎さんの 松山一族物語 も連載中です そのほかエッセイや小説、作詞のお仕事もお待ちしております kazuya18@hotmail.co.jp までお気軽にお問い合わせ下さいませ

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