#不思議系小説 第88回「粘膜飛行6.」

 壁代わりのガラス窓は割れ放題、外から見る限り椅子も机も壊れ放題、よくわからない文字は擦れ放題消え放題。ただでさえ読めるはずもない文字が読ませる気もなくなったようで、それが空港の名前だと言えばそう見えるし、スポメニックと一緒に置き去りを喰らったプロパガンダとスローガンだと言われてもそう見える。

 ガッッッ……シューー……
 と、疲れ切った音を立てて停車し蒸気の渦を濛々と吹き出したっきりピクリとも動かなくなったサンセット倫理を一人で降りて、プラットホームと空港ロビーが境目を失くしたコンクリートの大地を歩く。夕暮れの空が少し濃くなって、酸素と窒素と二酸化炭素が薄くなる。アルゴンの事はわからない。呆然としたまま歩き出すと、
 カツ、コツ、ジャリ、ガチャ
コンクリートとガラス片と石くれと枯れ葉の混じり合った賑やかな足音だけが空港だった空虚な空間の空に向かって空しく響く。
 手荷物検査場も搭乗ゲートも朽ち果てて、絵のない四角い額縁みたいなワクだけがポツリと残って、ズタボロになった滑走路の向こうに沈む濃いピンク色の夕陽を飾る。翼が折れてひしゃげた旅客機や、真っ二つになったまま殆ど骨組みだけになった戦闘機、鳥の死骸みたく転がったヘリコプター。空を飛ぶものは須らくここに墜落して来たような空の墓場。
 そこを、蝋燭のように溶け崩れた管制塔の向こうから這いずって来たのはジャンボジェット程の大きさをした、巨大な芋虫。夕陽をバックに丸っこくて長い長い影が
 ズズッ
 ズズズズッ
 と、地響きを立てて這いずって来る。全身が深緑色で、そこに紫とクリーム色のツートンのラインが横一線に入っている。体節の一つ一つに、窓のようにぽっかり開いた孔がある。そこからうっすらとガスを漏らしながら、ズズズズッ、ズズズズッと石くれだらけの滑走路を這う。目玉は無く、目玉のような模様をした頭にはY字型の触角が伸びて異臭を放つ。風に乗って走るその青臭いにおいと、芋虫の体がズタボロの滑走路で擦れて擦れて摩擦で浮き上がった野焼きみたいなにおいが混じって、空っぽの夕焼けの下で渦を巻く。僕の吸い込む薄い空気に選択の余地はなく、その匂いに包まれて立ち尽くす。

 芋虫は体節をギチギチと軋ませながらその身を縮めてゆく。孔という孔から黄色く濁ったドロドロの体液をブクブクと漏らし、ぶぢぶぢと吹きながら、縮めた体をさらに硬く引き締めてゆく。巻き込まれた石くれが砕け、枯れた枝がバキリと断末魔をあげる。
 ズグズグズグズグ、と最後の軋みが芋虫を縛り付け、そのまま動かなくなった。固まり過ぎて死んだのだろうか、縮まり過ぎて死んだのだろうか、吹き抜ける風の中に漂う青臭さが幾分か薄まり和らいだかと思った頃。僕は何となく歩き出し滑走路跡に足を踏み入れた。

 ざくっ

 っという乾いた足音が濃いオレンジとピンクと紫のグラデーションに染まった空の下で想像以上に響いてしまい、少し歩き出したことを後悔したけれど、脚を止めることは無く。芋虫に向かって一歩、また一歩と進んでゆく。そのたびに少し、また少しずつ芋虫は巨大さを増してゆく。

 しん、

 と静まり返り風の音だけが渦を巻く廃空港の滑走路跡に佇む巨大芋虫が縮んだ塊。それは旅の間に垣間見たスポメニックの数々よりも遥かに奇妙で物悲しく、なんだかユーモラスですらあった。僕がさらに近づくと、冷たい手触りを放ちながら、その場にうずくまって夕陽を浴びる芋虫の背中が微かに動いた気がした。

 あっ

 と思った時には遅かった。突然、グズズズズ、と何もかもを引き剝がして芋虫の体節が急激に伸びていった。孔という孔からガスを噴き出し、猛烈な悪臭を放ちながら猛スピードで地面を這う芋虫がスローモーションで遠ざかっていく。
 立ち込めるガスの向こうに浮かびながら沈む夕陽に向かって遠ざかる芋虫の背中がゆっくりと割れて、中から湿った翅が縮こまってヌルリと出てくる。乳白色の柔らかな背中と、少し濃いクリーム色の翅の付け根。そして胴体までが半分ほど出たところで、猛烈な前進により風を浴びた体が乾いてゆく。
 黄色と黒のまだらに変異する体が半分。
 もう半分は廃空港の滑走路跡に擦り下ろされて抉り込まれ、濃黄色の体液と青緑色の体組織そのものをバリボリと挽きこぼしてゆく。体が消失するのが先か、それとも飛び立つのが先か。翅がバサっと広がり、上下に振動する。夕陽の濃いピンクが半透明のまだらな翅に透かされて、タテヨコナナメの格子模様を浮かび上がらせている。飛び散った体と液体が辺り一面で早くも腐っている。

 バッサ

 ひと際大きな羽ばたきと振動のあとで、芋虫だった体が完全に宙に浮かんだ。羽ばたく翅の動きがコマ送りのように流れて行って、芋虫は巨大な蛹を脱ぎ捨てて飛び立った。その姿は黒々としたアゲハチョウで、後ろ足が一対、少しだけ削れてしまっているけれど、不自由は無さそうに飛んでいった。

 速度を増してスローモーションが追い付かなくなる直前に、アゲハチョウの背中にちょこんと座って飛んで行く、あぶくちゃんの姿が見えた。
 夕焼け模様に染み出した夜空の彼方で光るおとめ座のSPiKAに向かって、
 あぶくちゃんを乗せたアゲハチョウが羽ばたいて行くのを、
 僕は廃空港の滑走路跡に立ち尽くしたまま、
 いつまでもいつまでも見上げていた。

おしまい

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ダイナマイト・キッド
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