泣きたくなるほど、ノスタルジックな夏でした
「死んだよ、二人とも崖から真っ逆さまだった」
「そう……やっと二人になれるのね」
日焼けした素肌を赤く染めながら、僕の胸元に顔を寄せた。白髪交じりの頭からすえたような臭いが立ち上って来るのを堪えながら、僕も抱きしめ返した。
この母親とは、僕が娘と付き合って間もない頃から肉体関係を持っていた。ついさっき死んだ旦那の方が、あの体たらくでろくすっぽ性交渉も無かったところへ、若い男が娘に寄り付いた。そしてその男(僕だ)に、母親の方が寄り付いた。
彼女は男を欲していたし、僕は小遣いがもらえれば多少の事は如何でも良かった。
眼鏡を外して下駄箱の丸い小さな鏡の前にそっと置いて、その場に仰臥して僕を誘う。まくり上げた薄いワンピースの下は何も身に着けておらず、年不相応に湿潤した陰部を恥じらいも無く、開けっ放しの玄関から差し込む真夏の白い陽射しのもとにさらけ出した。白髪の多い陰毛を搔き分けるように僕は彼女に滑り込んだ。
生臭い吐息を浴びないように、結合部分から立ち上る枯れた淫臭を吸い込まないように、僕は母親であり老いた雌のホモサピエンスの頭を胸元に抱え込み、自分の顔は横に逸らして抱きしめた。
このカタチで、あとは適当に腰を動かしていれば良かった。こちらが何かを出したり垂らしたりする必要は無かった。後は幾らかもすれば老い雌サピエンスの方で勝手に満足してくれていたからだ。
「ねえ……」
だが、この日はいつもと様子が違った。
「あれ、あれやって……」
「えっ」
「さっき、あの子にしてたみたいに」
そう言って、僕の前腕を自分の首元へ持ってきた。首を絞めろ、というのだ。
「見てたの?」
「うん……すごくよかったわ……」
この女は、自分の娘がギロチンチョークを喰らいながら凌辱されるところを見て、自慰行為に耽っていたのだと、暗に白状した。そのまま旦那が娘に迫り、半裸で往来に駆け出していくところも黙って見送っていたのだ。
死ねばいい、と、心底思っていたのだろう。心を閉ざして生きる娘と、甲斐性のない旦那に疲れていたのかもしれない。その二人に流れる僅かな小遣いが僕に入っていたのだから、別に僕としても文句はない。でも
「わかった、いくよ」
僕は顎を上げて待つ老いた淫売の喉元に前腕を圧し付け、全体重をかけて一瞬で気道を潰した。
キヒューーッ!!
と壊れた汽笛のような音を出して、充血した目が飛び出しそうになりながら僕の腕をどけようともがいた。だが、もう遅い。若く体力もあり、肉体が柔軟で丈夫な娘ならまだしも、初老に届こうかという女性では、これを耐えきることは至難の業だ。
いや、不可能だったようだ。もはや抗うことも出来ず、バタバタと力なく虚空を掻くばかりの手足もすぐに地面と仲良くなって、そのまま日焼けした顔がサーっと土気色に変わった。
隙間の空いた歯の間から漏れる生臭い空気が止まって、踏みつぶされたカエルのような姿勢でもう一人死んだ。
僕は、もう挿れておく必要のなくなった自分の男性器を死んだ膣から引き抜くと残りの衣服も脱ぎ捨てて、ぬちゃっと鳴った嫌な音を聞かなかったことにして風呂場に向かった。古い家で母屋も平屋ならトイレと風呂場は外だった。里山にあって防風も兼ねた背の高い生垣に囲まれているから、まあ外からハダカが見えたりはしないし、脱衣所ぐらいは風呂場の隣にあるのだけれど。全裸で、モチロン男性器も露出したまま風呂場に向かう。
生乾きの陰毛から漂う精液と、老いて枯れかけた女性器の混じった不快そのものの臭気を断ち切りたくて、引き戸を開けてシャワーを引っ掴み、蛇口をひねって全身で水を浴びた。
汗だくで、ぼわんと熱を持った体に冷たい水が心地よい。
裸のままで母屋に戻ると、窒息死の際に老い雌サピエンスが垂れ流した糞尿を逃れた自分の衣服を身に着けて、金品を物色する。元より貧しくもないが、さして豊かでもなさそうな暮らしをしている風ではあったが……本当に特にこれといったものは見つからなかった。
預金口座の現金やクレジットカードの融資枠は、人差し指と目玉をくりぬいて行けば引き出せるだろう。旅券や免許証の類は何処かに売れるはずだ。家具家電は古臭いが、二束三文にはなるだろうし、旧知の業者なら幾らかでまとめてくれるかな。
ミシミシと軋む廊下を歩きながら家の中を睥睨する。死体は放っておいても回収されて、灰固人の材料にでもなるだろう。行方不明にしてしまえば殺人事件程の捜索は行われない。そんなことに割く予算も人員も、もはやこの国には存在しないも同然だからだ。
ガターン!
と、玄関から大きな音がした。バタバタと足音が聞こえる。近所の連中が騒ぎを聞きつけたか、古式ゆかしき回覧板でも届けに来て、死体を見つけたのだろう。まあいいさ、そいつにも死体になってもらうまでだ。面倒が増えたが、内臓が売れれば儲けもんだ。
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