If I Could Fly
この悪魔! みたいな目をして僕を見る。これが精いっぱいの怒りの表明。コイツなりの遺憾の意というやつなのだろう。
「そんな怖い顔するなよ。まだ誤解があるようだね。君のお母さんが僕にぞっこん惚れてたのは本当にホントだぜ。僕の事がだあい好きで、もう好きで好きで仕方がなくてたまらなくて、自分の貯金も、カラダも、すべてを捧げてくれていたのさ。まあカラダの方はオマケぐらいに頂いてたけど。君や、この家に入るべきお金は、大抵の場合、僕が頂いていたことになるね。何か欲しかったものが買えなかったらごめんよ」
「……」
血だらけで赤黒く膨れた唇を震わせたまま、釣り上げられた深海魚みたいな顔の使えないガキが茫然と僕を見る。
「さっき僕が君の妹を抱いた時、あの子の首を絞めてみたんだ。とても気持ち良かったよ。よく締まったし。君のお母さんはそれを物陰から一部始終目撃して、止めるでも叫ぶでも悲しむでもなく、僕と君の妹──お母さんからしたら娘だね。あの子とのセックスを見ながらオナニーしてたんだってさ」
もう聞きたくない、とでも言うように背けた不細工な顔を無理やり正面に戻し、畳の上に押し倒してギロチンチョークで絞める。
「ほら、こうやって。コレと同じことを、君のお母さんに頼まれたんだ。私にも、アレやって、って。凄い変態だよね。自分の娘がレイプされたのに、それと同じ格好で首を絞めて抱いてくれだって。そんなことベイビー、生まれ変わっても言えないってね」
げぶっ、っと臭い咳を吐きかけて来たクソガキの顔を睨みながらお腹の辺りをズンと踏んだ。
「あの世でせいぜい、小遣いでもせびってやれ」
背中をむけて蹲り、呻いている膝の裏を爪先で蹴り込む。脹脛も、太ももの裏側も、どす黒い靴跡がビッチリ刻み込まれるまで何度も何度も蹴り続けた。
途中でブチブチ! と鈍い音がしたので、おそらく何処かの靭帯が切れたと思う。これでもう逃げられまい。それを見計らって、僕はマッチを擦った。
マッチの先端を焦がしたオレンジの炎がテーブルの上に積み上げられた紙切れや布切れの山に吸い込まれるように落ちて、一瞬、八畳間の低い空に白く細長い煙がたなびいた。
ぼわっ。
瞬く間に広がった炎がテーブルの上の紙や布を飲み込むように燃やして、そのままテーブル本体にも燃え移ろうとしていた。コイツが燃えたら、ちょっとやそっとじゃ消えないだろう。その間に畳や柱に燃え移れば、ここは焼け野原になったも同然。後は時間の問題だ。
「じゃあね」
僕は外に出ようと背を向けて、足を止めた。おっと、油断しちゃダメだ。手負いの獣は意外と手ごわかったりするし……やっぱり殺しておこうか。それとも、どうしよう、か、な……?
ドスン、と硬く冷たい手触りがして、僕の背中辺りに鋭い痛みが走った。
「な……?」
「う、うううう……ううーいぃ……」
しゅうしゅうと血生臭い息を吐きながら、ボンクラ坊やが赤い頑丈そうなハサミを握り締め、僕の背中に突き刺した。首だけ回してそれを確かめると、そのまま無挙動で踵を繰り出して坊やの顔面を蹴り抜いた 。
ゴキン! と、バキン! の混じった音がして、坊やが吹っ飛ぶ。
「 へ、へえ。……まだ立って歩けたんだ。随分と威勢がいいじゃねえか、わかった。やってやるよ 」
背中に刺さったハサミの感触に意識を集中させ、筋肉を収縮させる。ぶしっ、と音がして、刺さったハサミが畳に落ちる。刃先は真っ赤になっているが、痛みは全く感じない。怒りや腹立ち、苛立ちがそれらの感覚を麻痺させて、圧し潰す。
「仏壇か」
お花の手入れにでも使っていたのが、僕がロウソクやマッチを乱暴に引っ掴んだ時に転がり落ちたのだろう。それに気付いたうえに咄嗟に引っ掴んで刺してくるとは。文字通りの火事場の馬鹿力。窮鼠猫を嚙む、とは、このことか 。
「手負いのネズミの馬鹿力ってところだね。褒めてやるよ」
じり、じり、と距離を詰める。畳を踏みにじる土足の音が、コイツの死刑執行宣言みたいなものだ。
「だけどお前、ケンカする相手、間違えたね」
僕はコイツに対してだけじゃなく、油断した自分に対して猛烈に腹が立っていた。こんな奴に、ひと太刀でも許すとは。放蕩&隠遁生活も長くなるとヤキが回る。
こ ん な や つ に
バサッ、ビキビキ、ブチブチブチ!
色んな音を立てて僕の体が変化する。体が変わる、赤い色。燃える怒りの、あ・か・い・い・ろ!
黒いポンパドールが肩まで伸びたところで深紅に染まり逆立った 。全身の筋肉が膨張し、骨格が一回り太く大きくなる。みしみしみしめきめきめきめきぃ……、と関節が軋む。血管の中が沸騰するように熱い。目玉が爛々と輝き、息遣いが荒くなる。
「あ、あ、あ、あ、あ……」
「見たな」


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