君と陽炎とアスファルト
青い空と汚れた海に向かって砕けた橋のたもとで、僕は茫然と立ち尽くしていた。
原付のエンジンだけがトトトトトトトト、と飽きもせず同じリズムで動き続けている。
この橋や向こう岸のふ頭を、轟音を上げて行き交っていたであろうトラックも高級輸入車もすっかり姿を消した崩落ベイブリッジ。空虚、とは、空と虚しいと書く。良く出来た言葉だ、確かにこんな青すぎるほど晴れた空ばかり見上げて、何処にも行けないでいるのは本当に虚しい。水溜まりのなかで揺れる太陽がギラリと嗤う。
何が可笑しい。
誰が無様だ。
いつもこうだ、ヒトが何か決めれば嘲笑い歩き出せば足を払う。
原付のエンジンだけがトトトトトトトトトトトトトトトトトト、と立ち尽くす僕を見てニヤニヤと嗤っていやがる。自由とリスクの選択を尊重するふりをして、我が身だけがひたすら可愛いクリエイターもどきのイケ好かない丸眼鏡チン毛パーマ男のようだ。
「バカにしやがって!!」
原付の横っ面を蹴り飛ばし、横向きになったまま地面を滑らせて砕けた橋脚の残骸に激突させる。さっきまでゲンツキだった金属とゴムとビニールの塊にバッテリーを乗せたガラクタがガソリンまみれになって、バッテリーの火花が逆鱗に触れたように燃え上がる。
「ざまあみろ」
青い青い、何処までもバカみたいに晴れまくったどす黒い空に背を向けて、俯いて歩き続ける。混雑する市郊外の商業地を経由して中心部に向かう道を繋ぐ緑色の橋だけが、辛うじて対岸まで伸びたまま残っていた。仕方なく歩き始めた緑の橋は殺風景なコンクリートの障壁と透明なアクリル樹脂で組み立てられた風防フェンスに、まるきりセンスの感じられない下世話でダサいスプレーの落書きが延々と続いていた。気が滅入るったらありゃしない。行儀の悪い連中には何をしても、何を見せても聞かせても無駄なのだろうが、それにしても酷い出来栄えだ。
やっと橋を渡り終えた。もう沢山だ、二度と御免だ、こんな橋は。
僕は深呼吸を一つして、汚染潮流に乗って漂いながら繁殖・浄化する濃脂媒食葉緑藻(アブラクイミドリモ)の乾いた匂いと石油くさい煤煙の混じり合った空気を吸い込んで
「阿ッ!!」
と怒声一発、思いっきり握り締めた拳を、思いっきり地面に叩きつけた。マッハの蛇みたく走ってゆくヒビ割れが緑の橋のたもとに食いついた瞬間に、そのヒビのなかを真っ赤な炎が追い掛けて炸裂する。炎をまとった蛇が橋を駆け抜けて、やがてバラバラに砕けて爆裂しながら汚い海に沈んでゆく。
「ざまあみろ」
埋め立て地の養殖池や田んぼを抜けて、商業地まで来ると幾らかは賑わいが見えた。大きな百貨店が倒産した後で入居した治安の悪い雑貨店や、主体性のない書店、時代遅れのレンタルショップに時代を捨てた客が集まる。空虚な電子音をレバーとボタンで操りスコアを競うアミューズメントも、油床に鉄球を転がして倒れたピンの数を競う遊技場も、銀玉賭博の殿堂も、みな同じ客層に向けてどぎつく飾り立てた激安楼閣のモラリティスレイヴ。
ここは戦争も、経済も、復興も荒廃も何にも無関係を装う、冷徹なようで最も無難な平和を享受する連中がひしめいてて、その人いきれは何処までも息苦しくて苛立っていて、とても嫌な気分になる場所だ。肩をいからせ、集団を作っては無意味に歩き回って八つ当たりの対象を探す。日々の鬱憤、やり場のない、誰にも原因や発端すらわからなくなった怒りをぶつけるために、自分より立場の弱い奴を探すための場所。埃っぽくてカビくさくて、安物の香水とアルコール度数だけ馬鹿みたいに高い酒の空き缶から漂う甘いばかりで下品な臭気が何処のフロアにも充満していて、空気を吸うだけで嫌になる。
そそくさとタクシーに乗り込み、運転手に駅まで連れて行くように頼むと目を閉じて少し眠った。


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