#不思議系小説 第120回「粘膜サンシャイン22.」

干潟のあぶく

 黒髪ショートボブのクラシックなワンピースメイド服に身を包んだあぶくちゃん、と名乗る女の子がくるくる回ってケラケラ笑っている。
 うだるような暑さの往来に無数のメイドさんがたむろしている中に、彼女が紛れている。そこにグングンとピントが合って行き、目が合うとゆらめく陽炎の中でニッコリ微笑んだ。
 悪魔のように美しく、悪夢のように遠ざかる、妖しい、やらしい、あぶくちゃん……。
(また、会いたいな)
 そう思うと居ても立っても居られない。気が付くと夕暮れのニッポンバシオタロードに佇んでいた。

 さっきまでの熱気、陽射し、眩しい光があふれ出しそうな真夏の白昼夢みたいな往来がガラッと様変わりして、まるで燃え上がる夕焼けに押しつぶされた影絵のような街並みに明かりが灯り始めている。その窓の黄色や赤や青、ピンク、紫の光と、空で混じり合う濃いオレンジ、黄色、赤、ピンクや紫の雲のグラデーションが重なり合う夏の夕暮れ、ニッポンバシオタロード。
 この狂乱の夕暮れ時に、ネオンサインやチューブライトが絡みつくように光り、混沌の街は帳を降ろし密やかな愉悦を含んだ微笑みを漏らす。

 あぶくちゃんと出会ったのは、よぼよぼの爺さんが無許可で焼いてるイカ焼きの露店(コレがまたンマいんだ)が出ている角っこを曲がってすぐの通りだったな。メインのサカイスジから一本入った、少し静かな、だけど深みに入った感じのする場所だった。
 カサっと手に持ったフライヤーをピンク色の街灯で照らして読んでみる。可愛い文字とイラスト、それに地図はすこぶる分かりづらくて、今自分が何処に居て、何処を目指せばいいのかサッパリわからなかった。こういう時は……。

「なあ、アンちゃん!」
「ええ!? あ、はい?」
 僕は、今まさに僕の目の前をササっと通り過ぎようとした、大柄で太り気味で、眼鏡をかけた気の良さそうな青年に声をかけた。青白い顔色をして、黒くモッサリした頭髪とチェックのシャツに色褪せたジーパン。彼はビクっと跳ねて、観念したように振り向いて僕から目をそらした。
 西暦で言うと1990年代から頻出するオタク仕草という奴だ。

「このお店、知ってるかな。あぶくちゃんを探してるんだ」
「あー……ッスー(歯の隙間から息を吸い込む音)」

 太っちょ眼鏡君はレンズの汚れた眼鏡をクイクイしながら地図を眺めて、スイっと顔を上げると、人差し指をピンと立てて少しトーンの上がった声で答えた。
「このお店なら、もうすぐですね」
「そうなのか、有難うよ」
 よく、この地図が読めたもんだ。余程この辺りには詳しいと見える。
「よし、礼をしよう。一緒に行こうぜ」
「え、でも、あの」
「まあまあ、袖すり合うのも他生の縁、って古い言葉があるだろ」
 嫌がっているというよりも人見知りとコミュ障を同時多発的に発揮しているらしい太っちょ眼鏡君を促して、日暮れのオタロードを歩き始めた。ポンと叩いた分厚い肩口のシャツが少々、湿っぽい。
「日が暮れても暑いねえ、お店に付いたら冷たいコーヒーでももらおうか」
「あ、あの」
「ん? コーヒーは嫌いかね。じゃあ紅茶にするか。ああメニューも書いてあるな。バナナジュースは好きか?」
「えと、あの、はい好きです」
 何か言いたそうだが質問には律儀に答えてくれるところが気に入った。

「あんちゃん、いいヤツだな。僕はマノって言うんだ」
「ぼ、ぼくサンガネです」
「サンガネか。変わった名前だな。よろしくな、サンガネ!」
「ど、どうも……でも、あのぼく」
「ん?」
「あの、お店、行くところあるので」
「ああ、そうみたいだな。でも礼ぐらいさせてくれたっていいだろう。あぶくちゃんに会わせてくれたら、それでいいんだ僕ぁ」
「え」
「言ったろ、昼間この辺りで、あぶくちゃんて可愛い女の子からもらったんだよ。このフライヤー」
 キョトンとするサンガネに可愛らしくてわかりにくい地図と文字の紙切れをひらひらを見せる。
「だから、会いに行くんだ。可愛いんだぜ、あぶくちゃん。知ってるか?」
「え、ええ。知ってますよ。この通りじゃちょっとした有名人だし、推してる仲間も何人か居るし」
「ナニ? そうなのか。……そいつら一人ずつ殺さなきゃ」
「え、ええ!?」
「冗談だよ。本気なら口に出さねえって」
「それが冗談に聞こえないんですよ」
「お、言うようになったねえ。もしかして警戒してた? ごめんな急に」
「あ、はい。実は……」

 話を聞いて見ると、どうやら何かの店や団体の悪どい勧誘と勘違いされていたらしい。まあ、こんなナリだ。ヨレたストライプの背広に黒いロングヘアーを雑に括ったボサボサ頭。兄さんに似て顔も派手だし、悪目立ちしているのかも。……待てよ。悪目立ちというか、この派手な街ならむしろ
「なあサンガネ、僕、派手かなあ?」
「あ、ああ。はい、あの、派手だと思います、よ」
「そうか」
 それならそれでいい。この街にフツーの奴ってのがそもそも居ないんだ。どんな格好するかと言えば、珍しくて埋もれちまわないような格好してる方がいいだろう。

「でサンガネの行く店ってのは何処にあるんだ」
「あぶくちゃんの居るお店のすぐ近くです。レトロドールって言うんですけど」
「古いレコードとかテレビゲームの店かい?」
「まあそうですね」
「て事ぁ女の子も居るんだな」
「まあそうですね」
「じゃあ、あぶくちゃんの居る店は? コレ読めねえんだ」
 丸っこい字で精いっぱい可愛く書いてあるお陰で読みづらいフライヤーの店名を指で弾いてサンガネの答えを待った。
「ああ、あの看板ですよ。カフェ・ド・鬼」
「カフェ・ド・鬼」
 今度は僕がオウム返しをして、夕暮れの空にそびえる雑居ビルの宇宙ステーションを見上げた。そこには無数の看板が巨木に群がるツキヨタケみたいにニョキニョキ生えて薄暮時の空に向かって光り始め、その中の一つに黒地に赤い文字で

 Cafe de 鬼

 と書かれているものがあった。あそこか。

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