干潟のあぶく
自転車の部品や割れたプラ板、蛍光灯に電球がコイツの体をズタズタにしてくれないと、僕の気が収まらないじゃないか。どうしてくれる。こうしてあげよう。
僕はそのまま仰向けに倒れ込んだチビに向かって両足を揃えて飛び降りた。そしてガラクタの上で伸びているチビの胸の辺りに全体重を乗せて着地した。
「グブヒュッ」
短い断末魔と共に、黄土色の酒臭い吐瀉物とどす黒いピンク色した内臓片を口や鼻から吹き出し、次いで青白い泡をぶくぶくと垂れ流しながらチビが痙攣している。肋骨と背骨が砕けているようだ。そのうち幾つかは肺に刺さったのかヒューヒュー言っている。
「で、誰に謝るって? 僕が、か? それともあぶくちゃんか? お前に謝る理由は何だったんだ、え? 今この状況でもまだ言えるか? ん?」
よく見ると折れた自転車のハンドルがチビの背中に刺さっている。僕はそのハンドルの付け根を爪先で蹴りながらチビに質問を投げかけるが、虚ろな目をして震えるばかりでラチがあかない。だからイキった軽薄チンピラは嫌いだ。
「なんだ、もういいのか。じゃあね」
傍らにどこぞの業者が不法投棄した廃油がある。それも第三種揮発性化合物がサビついた一斗缶に入ったままで、ひいふうみい……おおコレだけありゃ景気よく燃えるな。
Come on baby, light my fire……
「カモベビライマイファーーイ♪」
上機嫌で支度をしていると、近所の店からお誂え向きにドアーズの古いナンバーが流れ出て来た。さすがは本場ニッポンバシオタロードのオールドレコード・カフェだ。
ご満悦の僕は思わずそれを口ずさみながら、往来にガラクタと瀕死のチビをズリズリと移動させて廃油缶を積む。缶のうちひとつには小さな穴をあけて油を漏らし、燃えやすそうなガラクタとチビを浸してゆくように濡らす。
ふと見上げたビルの窓から、あぶくちゃんとサンガネがコチラを見て心配そうな顔をしている。そうだ、僕はあぶくちゃんに会いに来たんだった。
それなのに、今どうしてこんなことをしているんだろう?
確かにコイツは地獄の業火に焼かれるべきクズだが、果たしてその役目は僕のものだろうか。極卒の代わりに働いてやるほど、御大層な身分じゃないや。分不相応なボランティア精神は身を亡ぼすってもんだ。まあ、でも、乗り掛かった舟か。
周囲を行き交う連中が横目でチラっと僕を見ては目を逸らす。関わり合いになるのはゴメンだろう。僕だって嫌だ。
「さて、と」
昨日、三ツ寺の店で貰って来た店名入りのマッチが早速役に立つ。まさかこんなことに使うとは思わなかったけど。
ジャッ、と音を立てて丸いアタマに火がついたマッチをガラクタの山に放り投げる。一瞬、細い白煙がスイと立って、すぐにボワッと黒煙が上がり、次いで濃橙色の焔がメラメラと燃え始めた。チビは最後の力を振り絞って身をよじるが、そのたびに油で濡れた体が滑り、火のついたガラクタに飲まれ焼かれてゆく。
And our love become a funeral pyre……
燃え上がる二人の愛は火葬の薪になる、か。そうかもな。まあ燃えるのはお前だけだが……。
「地獄で会おうぜ」
僕がチビを燃やすガラクタの炎に背を向けると、往来のネオンに紛れた大勢の人影がこちらに向かって容赦ない怒りを放射しながら近づいて来るのが見えた。
「遅かったじゃねえか、お前、大した根性だな」
ふと見ると足を壊されたヒョロ長が応援を呼んだらしく、駆け付けた仲間の一人に支えられてヨロヨロと立ち上がった。
「こ、殺してやるぅ」
しゅうしゅうと喘ぐような汚い呼吸と共に、ハラワタから絞り出すような声でヒョロ長が言った。
「そいつら全員と、お前が死ぬことになるけど? いいのか。そうか」
僕はヒョロ長と気の毒な連中の答えを待たずに動き出した。
ちょうど足元に転がってた火のついた廃材を蹴り飛ばすと、放物線を描いて近くに居た男の顔面に向かって飛んでいった。あぎゃあっ! というその悲鳴が、デスマッチ第2ラウンドのゴングだった。


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