見慣れた町見慣れた道の、見慣れた曇天、見慣れた陸橋に雲の切れ目から金色の光が差して。降り積もる毎日の些細なことに乱反射してキラキラ光る。
辛いことは些細であるほど心に残るし、忘れることも出来ない。
追いかけて追いかけて振り切りたくて走って走って、それでも殴られた頬も折れた心もそのままで。結局自分で自分の脚がもつれて。転んで、転がって、空を見上げて、また立ち上がって。だけどもう走り出すような気持ちも力も残って居なくって。それが今。
透明な箱を積み上げて、空気の詰まった階段を登ってゆく。
ひとつ、ふたつ、みっつ数える前に天国に向かう階段をひとつ、ふたつ、みっつ数えて登ってゆく。
息苦しいガスマスク、張り裂ける肺気胸、巡りの悪い血液、濁った目玉、皺の増えた心臓、冷たい脳味噌。
新しい祭、新しい死刑、新しい祀り、新しい声。
木端微塵の色んな時間。好きだと言われたりごめんなさいと言われたり。期待をせずに生きていることと、諦めきれずに生きているのは全然違ってちょっと似てる。
どうせ、やっぱり、どうせ、やっぱり、どうせ、どうせ、やっぱり。
諦めきれずに生きているけど、期待をしてないんだと言い聞かせてる。
洗濯脱水乾燥収納。洗って乾かして畳んで仕舞って。記憶想像追憶妄想、笑って泣かせて傷つけてしまって。紫の寄せては返す波打ち際に青い陽光燦燦、黄色い白昼夢を見ておやすみ、僕の真っ赤な血潮と脳髄。
僕の体が膝から崩れて、僕の目線はフワリと浮かんで、高く高く昇って行く。明滅を繰り返す眩しい世界へ。遥かな世界へ。伸びては消える虹は繰り返す、振り返る、そこにいつもある。ただ意味も無く、なんとなく。
拾い集め、積み上がった憂鬱と退屈のフレーズなんて要らないさ、全ての爪を違う色で塗ったって手足を虹の手枷足枷で縛るだけ。銀の指環で鍵をして12時の鐘が封をする。
冬の知多半島を、何の心配もせずクルマで走りたい。
海の見える田舎道、スコーンと水平線の底が抜けたような青空と海。窓を開けて流れ込む冷たい潮風が肺の中を満たしてゆく。田んぼ、コンビニ、ソーラーパネル、鉄工所、スターチ工場、自販機、標識、民家、喫茶店、バス停、氏神様の幟。
全部冬だ。冬の知多半島は冷たい風が躍る陽射しの中できっと僕をずっと待ってる。
だけど僕は今、ココに居るべきじゃないんだ。
I don’t belong here.
僕は今ココに居るべきじゃない。ホントはもっと、やらなくちゃいけないことが山ほどある。めんどくさくてかったるい、やらなきゃいけないことばかり。
誰かと同じに生きるために、デカいテレビでクイズショーを見て、保険に入り、日曜大工とオシャレを楽しみながら寿命を数えて生きるために、やらなきゃいけないことばかり。
だから僕は今、ココに居るべきじゃないんだ。
I don’t belong here.
僕は今ココに居るべきじゃない。ホントはもっと色んなことをして過ごしたいし、疲れも不安も憂鬱も、いつもここから退きゃしない。だから全てが収まるまで、行き着くべきところで終わるまで何処かに隠れて、自分の思いを書き出したい。心の奥から掻き出したい。
悲しいくらいに凡庸で、平凡で、のうのうと生きて来た恥じらいだけを塗り潰してきた文字列の連なりと重なり。
こんなはずじゃなかった。どうしてこうなった。
透明な箱を積み上げて、空気の詰まった階段を登ってゆく。
ひとつ、ふたつ、みっつ数える前に天国に向かう階段をひとつ、ふたつ、みっつ数えたら、天国旅行に行くんだよ。
空の下、雲の上、この世の何処でもない景色の中で会いましょう。
空の果て、雲のなか、何処でもない景色の中で会いましょう。
また会いましょう、透明な箱を積み上げた、空気の詰まった階段のうえで。


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