Light My Fire
「もうっ! そんなにションボリしないでよ! 死んじゃったのなんかしょーがないでしょ! それにこんなクズたちが何匹くたばったって誰も文句無いわよ! でも、あたしのお店の前を汚すのはやめて頂戴! わかる? お兄さんが悪いんじゃないの。片づけて、って言ってるの!」
え?
片づければいいの? 怒ってない?
ほんと?
「わかったよ、あぶくちゃん!」
僕に任せて!!
「Come on baby, light my fire!」
天に向かって両手を突き上げ拳を握り締めた。夕暮れ時の空に赤や青や黄金の稲妻が無数に煌めき、僕の拳を目掛けて走る。
やがて雷撃を浴びた拳に熱エネルギーが充填され、燃えるような赤色に輝き始めた。それを一旦アタマのてっぺんまで行って、足の爪先まで巡らせて、丹田に集中して練ってゆく。拳に帯びた熱エネルギーが全身を駆け巡り、やがて出口を求めて沸騰する。
さあ、お掃除の時間だ。
僕はこの技で彼女のハートに火をつける。お前らみんな火葬の薪だ。
「And our love become a funeral pyre!!」
丹田で練り上げた全身の熱エネルギーを一気に開放し、地面に向かって打ち付けた。轟音と共に死屍累々の往来を電撃混じりの炎が走り、薄汚れた舗装路ごと死体と瀕死のクズどもを薙ぎ払い焼き尽くす。
さらに千切れたり潰れたりした肉体は炎によって加熱された砂混じりの熱風で攪拌されることで瞬時に燃焼、ガス化し消え失せる。僅かな灰や骨の欠片だけを残して。
完全燃焼で匂いやゴミも、ごく少ない。
「あぶくちゃん、どうかなあ!?」
「うん、上出来!」
やったあ、褒められた。久しぶりに大技を繰り出したことでエネルギーを消耗してしまった。僕は体を縮めて、元のサイズになってビルの階段を昇り始めた。
「待たせたな!」
「見てたよ。凄い技だなあ、君あんなこと出来るんだ」
あぶくちゃんの居るお店、Cafe de 鬼のドアを開けると興奮した様子のサンガネが待っていてくれた。なんだかんだ義理堅いヤツだ。
「まあな。町中だし手加減したけど。うん」
「得意になっちゃって、もう。でもありがとっ!」
銀色の丸いトレイを抱えたあぶくちゃんが、僕に礼を言ってニコっと笑った。
「い、いやあ、あの、まあ、ね」
「ホントにお店、来てくれたんだ。じゃあ座って」
通りに面した日当たりのいい窓側の隅っこに、如何にも居心地の良さそうな一人用ソファ席がある。年代物っぽいがふかふかした手触りと、座った時のふかっと包まれるような感覚がなんとも心地よい。
「ねえ」
ひと息ついて瓦礫の増えた往来を眺めていたら、あぶくちゃんが僕に声をかけた。
「これ、あげる。お礼にね」
ちりん。
と小さな鈴が鳴った。天使のようなモコモコした翼を生やしたネコがニッコリ笑った、手のひらに収まるくらいのアクリルキーホルダー。
「可愛いね、いいの?」
「うん。あたしだと思って大事にして」
「ありがとう!」
対面のソファに腰かけて、よかったね、と冷やかすサンガネのスネを爪先で軽く蹴ってメニューを手に取る。あのフライヤーと同じ、クセがあって可愛い文字が並んでいる。
つまり、読みづらい。
「あーー、えっと。サンガネ、君は何にする?」
「僕はペプシのLLかな」
「サンガネいつもそれだもんね」
そういえば常連客なんだっけか。
「じゃあ僕もそれで!」
「うん、わかった! じゃあちょっと待ってて!」
あぶくちゃんが縦長の手書き伝票にサラサラと書き込んで、テーブルの角にそっと置いて厨房に向かって言った。
日当たりの良さと裏腹に小さなお店の中は雑然としていて薄暗い。もっとも慢性的にエネルギー不足で光熱費なんかマトモに払えたもんじゃなし、灯火制限を付けているんだろう。それにこのぐらいの雰囲気の方がゴミゴミっとしたニッポンバシオタロード風で落ち着くのかも知れない。
にしても、だ。
「なあサンガネ。このお店は、彼女だけのお店なのか?」
「ん? ああ、そうだよ。彼女がオーナーで、もうあと何人か女の子が居るんだよね」
「なるほどな。てっきり、何処かのお店のメイドさんかと思ってた」
「自分のお店に、メイドさんとして出て居るんだね彼女は」
ペプシが出てくるまでの短い間に、サンガネからこの辺りのことを一頻りレクチャーしてもらうことが出来た。
「はーーい、どうぞ」
歌うようにあぶくちゃんがトレイに乗ったペプシをふたつ、コースター、紙ナプキン、ストローをひとつ、グラスと順序良く置いた。
「サンガネはストロー無し、だったよね?」
「あ、ああ。うん」
なるほど常連客か。
「お兄さんもどうぞー、はいっ」
汗をかいたグラスが窓越しの陽射しを浴びて、焦げ茶色のペプシの海に光の粒を浮き上がらせる。
あぶく、光、つぶつぶ、光。
「サンガネ、saludだ!」
「へ? さ、さる?」
「この星の言葉で乾杯って意味だろ、さあグラスを持ってくれamigo」
「君は時々、外国の言葉を使うんだな」
「ひとつの星に色んな種類があるだけでみんな同じさ。ひとつの星に中も外もあるか」
「そ、そうだね」
「¡Salud!」
「んと、あの、じゃあ、さるー!」


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