嫌い、を一生懸命になって言語化している時の自分と同じ顔をした老婆の群れが灼けた大地に孤独な影を刻み続ける。赤く燃える太陽が真っすぐ照らすから、逃げ場を失くした暗闇が断末魔をあげてのたうち回る。
自分が暴力暴言浴びたい放題の被虐児育ちって自覚があると、ふとした瞬間に自分にも同じ萌芽が眠っていることに気が付いて、死にたく死にたく死にたくなある。
色んな理由を付けて、色んなドタキャンを喰らった時も、その都度ふざけるなと言えないで、0.01mmも心に無いような寛容なセリフを指先から滑らせている自分がどんどん、どんどん、嫌いになってく。
心に宿った萌芽を摘んで、芽生えた若葉を踏みにじってもなお湧き上がる暴力と暴言の根源と源泉。蛇行する川のように血管が伸びて、その血のなかを泳ぎ回る一つ目の小心者で凶暴な魚の仲間。
私は彼らを、格闘技で体から、小説を書いて心から、逃がしてやることが出来た。ただ、それも、格闘技なら戦ってくれる相手が、小説は読んでくれる人がいるから、成り立ってきた。他人との関係性を、自分で勝手にどんどん単純で希薄にして来たくせに、理解や納得だけを求めるのは身勝手だろう。条件付きの約束をするのに、なるべく手早く返事を寄越してくれるくらいの関係から先に踏み込んだって、もうこの先どうせロクなことなど一つもない。
だから条件を教えてくれ。それに見合うように努力と用意はするから。
自分の心にうつった、嫌な奴等の顔を食い荒らす一つ目の血管魚(けっかんぎょ)。やり場のない不満と正義の憤怒を抽象画にした柄で編んだ毛布をかぶって、震える老婆の爪先が腐り始めていることすら、わかっているけど止められない。正義の矛先が、言語化された嫌いの向こうにいる人、文化、国、民族、イラスト、設定、育ち、無益な努力、無駄な苦しみを一つずつ貫いても、何一つ満たされずに矛先を変えて、また貫いて疲れ果てて、爪先が腐っても自分で自分の歩みを止められなくなり、誰かに貫かれてお互いさまの人生の終わり。
ああ、酷いことを言ってしまいたい。誰かに酷い目にあわされて、その仕返しにもっと酷い目に遭わせたい。200%自分が気の毒な立場から、悪逆非道の加害者を滅多打ちにしてお金を儲けて、それで美味しいものでも食べたい。
被害妄想の加害妄想の誇大妄想の現実逃避。
生ぬるいヘドロの湖に膝まで浸かって見上げた空にボンヤリ太陽。
まるで油の多いフライパンで溺れそうになってる目玉焼きみたいに、外身だけぐずぐずと焦げ付いて中身はドロドロのまま。黄色く澱んだ空と雲と太陽の溶けた油まみれの汚泥の渚にそっくりな心に名前を付けて保存しよう。
誰も出て来ない、何も起こらない、名前も知らない退屈なメロディを人知れず奏でる古いオルゴールみたいな物語。その結末によく似た横顔をした老婆を知っている。知っているぞ。砂漠の行商人に紛れ、オアシスの守り神にすがり、漁師町で産婆を務め、山間のかくれさとで眠るように目を閉じて旅立った、あの無口な老婆を。
皺に刻んだ悲しみも、飲み干して来た苦しみも、憎しみも、別れも、不満も、目が潰れるほど眩い他人事がいつもすぐそばを通り過ぎて行ったあとで、風に舞うひとひらの枯れ葉みたいに生き続けた、あの無口な老婆の人生。
煮えたぎったハラワタで沸かしたチャイを素焼きのカップにナミナミ注いで、イケ好かないアイツ目掛けてぶっかけたい。黒髪白シャツ黒ベスト、擦れた高い声で歌う四つ打ちナンチャッテいんちきシティポップ。お前みたいのを酷い目に遭わせるために、酷い目に遭っても生き延びて、こうして小説を書いている。特に恨みも、意味もねえよ。
生きてるだけで機嫌が悪いのを、毎日ひたすら隠したり誤魔化したりして、優しいフリして生きてるんだよ。


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