遠くて近い、荒れ果てた未来。
ニッポンという国は前世紀から百年以上にわたって、もはや開戦の切っ掛けや原因などはさて置き、その責任など誰も負いたくないというだけの理由で日常と化すまでに至るほど続いた内戦の末、さまざまな要因から独立を宣言した各自治体と、引き続き首都・東京にある日本国政府の政権執行部が管理する区域とで分裂状態に陥っていた。
百年の乱、などと名前だけは大層に呼ばれるこの無意味で怠惰で冗長な内戦が勃発した原因は、端的に言えば国家ぐるみのケチの行きついた先、だった。
マノ。君も知ってると思うけど、この戦争が起こる前から我が国では「経済を神とし労働は宗教である」とまで言われるほど、何を置いても先ずお金だった。その次が労働。だけどそれは働けば働くほどお金が儲かるという世の中じゃなく、むしろ殆どの人々はその真逆だった。
働いても働いても豊かになれず、税金や光熱費、燃料代、食料品から日用品まで値上げに次ぐ値上げが続くうえに、何年経っても財政再建が喫緊の急務である、国の赤字は国民ひとりひとりが背負わされた借金、なんて言われてさ。取れるお金は何でも取るけど渡すほうはからっきし。だんだんと仕事は無くなるし会社は潰れるしお客が来ないからお店も続けられない。
そんな世の中でも儲ける奴というのはいるもので、そのうちの一つがパーソナルセンターだった。
パーソナルセンターというのは要するに人材派遣の会社で、仕事が欲しい人と労働力を求めている企業や機関を繋いで紹介料や仲介手数料なんかを貰っている会社でね。折からの不況でコストカットが叫ばれていた時に、いち早く労働者の派遣を始めた会社だった。同業他社と比べてもかなり安定的かつ安価な人材の派遣で業績を伸ばしていたんだけど、あるときから役所の窓口センターやそのほかの政府機関にも働きかけるようになった。
業務内容の一部を民間に委託することで税金で賄う人件費を削減し、公務員削減・優遇の撤廃をアピール出来る。さらには内輪向けに、不祥事や管理責任も曖昧に出来るうえ、いざとなったら切り捨ても容易になる、という売込みを始めたんだ。
結果、パーソナルセンターは各地の自治体や中央政権の末端からどんどん入り込んで行くことになった。この時期から雨後の筍みたいに現れた同業他社とも統合、合併を繰り返して、パーソナルセンターは労働者派遣における最大勢力となった。そしてこの美味しいフォーマットをさらに強固にするため、中央政権はさらに派遣労働を推進していく。
パーソナルセンターで雇用した労働者を受け入れ、所属先に派遣させるための関連会社が出来て、そこから各自治体の機関や各種業界の組合、土着企業から大企業の現場は言うに及ばず事務方に至るまで……。どこもかしこも保障や様々な制約に縛られたうえ全員に年金や保険料などの煩雑な手続きが付いて回る正規雇用は減る一方、そこへパーソナルセンターが受け皿になって賃金は殆ど変わらず(コストカットの余剰分をパーソナルセンターが貰うようになってたみたいだね)に雇われ直す。
そんなことが全国津々浦々で起こっていって……しまいには民営化が進んだ郵便、通信、交通、ゴミ収集・焼却処分にライフラインの供給など公共事業に加えて政府省庁の運営すらも、僅かな公務員や官僚を除いてみんなパーソナルセンターが請け負うようになっていくようになったんだ。
何しろ国や企業や自治体は一つのパッケージで丸投げした予算だけで済む。それをパーソナルセンターが受け取り、さらに下流の関連会社、さらに管理事務所や現場機関と渡って行く。もっとも、肝心の派遣労働者に行きつく頃には随分と目減りしているんだけどね。
もっと言えばパーソナルセンターの関連会社に居る人たちも違う関連会社から派遣された人だったり、その上司は何処かの地方議員や企業の役員が定年とか選挙の結果次第で天下って来るから、本当に豊かで安定した生活を送っていられるのはごく限られた人間たちだけになっていった。


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