疾風のように店の二階から走り出し、狭く急な木造階段を殆ど飛び降りるようにして駆け下りたマノが階下に訪ねて来たあぶくちゃんを前にして固まっている。急いで出てきたは良いが、何を話したらいいかよくわからないらしい。
ナンパなんだか朴念仁なんだか、本当に良くわからない人だ。
「やあ、あぶくちゃん。どうしたの」
「めぃめぃに聞いたら、ココだっていうから」
ココとはニッポンバシオタロードの入り組んだ雑居ビル群の最奥にある、この街の最古参であり戦前からの由緒ある古道具店のことだ。
「おお、あぶくちゃんやないの。今日もかわええのぅ」
黄色い鼈甲眼鏡にボサボサの白髪頭、ヨレヨレの白衣を着た愛想のいい老人が店の奥からヒョッコリと顔を出した。
「あっポンバシ博士!」
「ちゃんとドクトル・アマリージョと呼ばんかい。んで、どないしはったんや今日は」
「うん。あのさ、サンガネいま一緒に居るんでしょ? ほら、あの強いひと!」
「ああ。一緒も何も、ココに居るじゃない」
ボクは隣でまだ固まっているマノの胸板を裏拳でコンコンと軽く小突いた。
「うお居た! え、なんで固まってるの?」
君に惚れてるせいで何を言ったらいいかわからないらしいよ、と説明するべきか否か一瞬だけ迷ったけど、先に要件を伺うことにした。
「大変なの! 租界の境界線にね……」
租界というのは、早い話がニッポンバシオタロード周辺に敷かれた境界線で区切られた地域のことで、いまボクたちが居るこの場所が、その租界だ。
これだけオーサカ各地で猛威を振るう独立オーサカ一心会が、何故ニッポンバシオタロード周辺には手出し出来ずにいるのか。散発的に発生する武力蹶起ですら、自意識の肥大した自称アーティストの暴走という形で片づけられているのか。
それは、このニッポンバシオタロード周辺が租界として成り立っていることに答えがある。戦前の旧市街における千日前通から南、堺筋から西側。味園ユニバースやオタロードを内包する阪神高速1号線があった辺りまでの区画にひしめく中小零細の商店たちはそうして保護され隔離されている……のだが、今はそれどころじゃなさそうだ。
「マノ、急ごう!」
「なぁに言ってるのよサンガネ! あの人とっくに行っちゃったわよ!」
「へ?」
さっきまで僕の真横で固まっていたマノの姿が、またしても消えている。
「あの人、本当にココが気に入ってくれたのね……」
(いや、あの、あぶくちゃん。君にイイ恰好したいだけだと思うんだ彼は……)
と言いたいのをグッとこらえて、ボクたちもマノの後を追った。
オーサカ・ミナミの廃墟と化した高層ビルと雑居ビルの墓場に聳え立ち、旧千日前通の崩れて久しい高架越しにアタマ一つ飛び出すように見え隠れする「それ」は、戦時中に設計・製作され戦後の今に至るまで各市街地戦には必ずと言っていいほど投入されている、南港(なんこう)と呼ばれる巨大なロボットだった。
全長5mほどもあるそれは、ご当地オーサカは南港地区に製造拠点を持ち、ここから全国に出荷されているいわばオーサカ重工業の名産品で、生体組織と最先端メカニロイドのハイブリッド。
文字通りの頭脳であり心臓部となるキャビンはメイプル鋼とレーザー鉱石のスーパーアロイで覆われており、内部には精密にして恐るべき計算速度を叩き出す爆砕特化型人工知能イテコマシタロカVer.728(ナニワ)を搭載。特に727回も試作や改良を重ねたわけじゃなく、オーサカのメカニロイドだからナニワの語呂合わせでそんなナンバリングがなされている。そういうところがオーサカなのだ。
一方でその頭脳と心臓部となる琥珀色をした多面体を支えているのは、なまめかしくウネウネ柔軟過ぎるほど柔軟な動きを見せる生体部品であり、通称NMM(生足魅惑のマァメイド)と呼ばれる型を採用。驚異的なバネと脚力を武器に、ビルの壁や高架の支柱、ちょっとした戦車ぐらいなら蹴飛ばしたり踏みつぶしたりすることも可能だという。
この最高峰のAIと生体部品と精密機器と暴力の集合体が、今まさにボクたちの暮らしを脅かそうと、ズシンズシンと足音を立てて迫って来る。


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