黄金の宮殿が波打つ水面でユラユラ揺れる。
大勢の人間が大量の野菜と香辛料を四六時中、刻み続けた。礼拝堂を訪れるひっきりなしの人いきれ。慎ましく裸足で暮らす人々の歌が高く丸い天井に渦巻いて絡み合い、冷えて固まった脳みそにしみこんでほぐしてゆく。
いばらの森に絡みつく真っ赤な蔦が脈を打つ。セイロンマングーズモドキの幹を締め上げて、うっ血したふくれっ面をトゲタマクロモンジュの実が刺してトドメにする。
宮殿の人々は、みな頭上を通り過ぎてゆく聖なる賛歌を浴びながら無表情で沐浴を続ける。泥と垢と血と汗を洗い流した黒い濁り水は水色と紺色のモザイクタイルが鮮やかな沐浴室から排水管を通り抜け、地下にある畜錮監(チッコッカン)の間の天井から壁を伝って流れてゆく。
誓いを破り教義に背いたものが直立不動のまま定められた罰の期間を過ごす畜錮監には排水口も窓も扉もなく、ただ人ひとり立っていられるほどの空間があるだけだ。
食事も与えられず、水は日がな一日、地上の沐浴室から流れ落ちて来るもののみ。断食と、人々の穢れを浴びて受ける続けることで罪を赦され、再びの光を与えられる。
罪を生み罰を作り、光も水も尊厳をも奪って輝く黄金の宮殿。
遥か彼方の砂漠の蜃気楼ですらギラつく陽射しを乱反射させた煌めきを放つといわれる、黄金の宮殿。
罪を決め罰を与え、光と水と自由すら奪って輝く黄金の宮殿。
記憶の海は頭蓋骨の盃を満たす溶液。脳髄クラゲが今日も漂う。
小さな人魚が泳ぎ回って、神経波止場に流れ着く。触手の隙間を縫うように、脳髄クラゲと遊んでる。
1メートル四方の目ん玉が視神経の尻尾を翻して漂う空。ニンゲンの目玉にしちゃ大きいし、ニンゲンの目玉のくせに自立して空を飛ぶ。ニンゲンの白目のなかに、ニンゲンの脳味噌が浮かんでる。ニンゲンの黒眼の代わりに。
目ん玉脳味噌、カツオノエボシ。ぶら下がって風に揺れる視神経を触手の代わりにフラフラ伸ばして、目の前に浮かぶエーテルを掴み取る。霞のような塵のような、時間も地面もお金も消え失せた世界を飛び回るメダマノエボシ。
極限の酷使で疲れ果て熱を帯びた眼球内部を縦横無尽に走る血管の中で血液が沸騰し赤い蒸気が充満する。目玉はまるで真っ赤なボイラー。
行き場を失くした赤い蒸気が血管を膨張させ、やがて血管がひとつ、またひとつと膨らみ破裂し、眼球全体が浮かび上がって中空を彷徨い始めた。
赤い浮袋にしがみつく垂れ下がり神経性物の群れが町おこしの気球大会みたく、草原や大都市の摩天楼や晴れた日の海やありふれた店がありふれた並び方をする田舎県道の上空を我が物顔で飛んで行く。走る街を見下ろして、のんびり目玉が泳いでる。だから走って逃げよう。今日は走って逃げよう。
遠く遥かな国の神様の足元で、見知らぬ人々がすれ違う。誰ひとり名前も育ちも知らないのに、その顔や目に浮かぶ涙は同じ温度をしている不思議。
身分も、権利も、命も、価値も。
生まれた場所や社会や家族や親が違うだけで全然違う。信じる神様の物差しなのか、好き勝手な連中のしわ寄せなのか。自由に暮らし自由に生きることほど不自由で、抑圧され管理された人生ほど退屈で、不公平不平等の穴埋めに必死で取り組む自由もあれば、自分の田んぼになるべく水を引こうとする奴もいる。
誰も彼も勝手に生きて、勝手に死ぬまで、勝手に歩いて恋をして。
誰かの隣で生きようとしたり、誰も寄せ付けずに死のうとする。
黄金の神殿に祀られた神様が睥睨する、この世の苦楽は時々あっけなく崩れてひっくり返る。まるで目玉のないクラゲが見ているかのように波間を漂って、触手の先に真っ赤な宝玉が震えながら輝いているように。 海も波も空も夜も、晴れていれば良いわけでもない。雨には雨の、晴れには晴れの、空には空の、海には海のコトワリがあって、ニンゲンだけが一つのコトワリにコダワリ続けて首を絞め合う。自然に生きよう、ゆったり参ろう、そんなことをヌケヌケと言う奴に限って誰かの脳みそに紙で作ったストローを刺している。
黄金の神殿で今日も鐘が鳴り、神ならぬ身を抱えた人々がそれぞれの顔をして簡単な食事を摂る。肉のスープ、小さなパン、緑のサラダ、煮詰まったチャイ。 それぞれの皿に盛られた献立を見比べる意味も、やっかむ謂れもない世界。 銀の軽いカップの中で揺れるチャイにうつった顔は今日も疲れ果てて熱を持っている。明日も変わらず、沸騰しない程度に熱された血液を馬鹿正直に循環させる。
ぐるぐる回る社会と世界の海の中を、いまクラゲのように脳みそを抱えて漂っている自分が確かに存在している。だがその一方で自分で自分を見つめている、コッチの自分は一体誰だ。


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