#不思議系小説 第99回「粘膜サンシャイン11.」

君と陽炎とアスファルト

 駅。かつては路線バスから路面電車から私鉄の線路から在来線、そして超特急まで様々な列車が行き来していた交通の要衝だったビルヂングも、今ではごく限られた生身の人間だけが我が物顔で闊歩する場所になっている。
 それでも生活に余裕のある連中というのは立派なもので、しっかり繁殖してしっかり生殖してしっかりコンコースに往来を築いている。その裕福そうで幸せそうな人いきれに紛れて歩いて居ると、いま突然、この中のどれか、例えば今クレープ片手にニコニコしている5歳ぐらいの、ピンクのワンピースに赤い靴を履いたリボンの女の子を全力で殴り飛ばし、腹を踏んづけて内臓を破裂するまで蹴たぐり回したらどんなことになるだろう……親は、このガキはどんな顔でどんなことを叫ぶだろう、如何にもホワイトカラーで横文字の仕事をして、モノの少ない殺風景なマンションに住んでそうな両親の前でこのガキのケツを直腸が破れて裏返るまで犯したら、どんな顔で何て叫ぶだろう。その後こいつらの人生にどんな傷跡を残すのだろう。
 そんなことを思い描いては楽しくなってきて、危うく何の罪もない女の子の横っ面を本気で本当に張り飛ばしそうになる。犯すなら、あっちでオシャレでシレっとしたツラをしている母親の方をやりたい。僕はペドフィーリヤじゃないからね。
 どうせダンナともそれ以外ともハメ繰り回して生きてきたんだ、一度や二度ぐらい変わった場所で変わった相手と交えるのも悪くはあるまい。

 余計なことを考えていたら切符売り場を通り過ぎてしまった。今日び運賃の支払いなんぞは端末にダウンロードしたアプリケーションか、互換性のある交通系電子通貨で済ませる人が殆どで、昔ながらの硬券の切符を買い求める人間は少ない。
 が、根無し草でアプリもナノマシーンも国民総登録住民票ナンバーすらも持ち合わせていない僕には、窓口で切符を買うほかない。従来のプリペイドまたはクレジット決済に比べ明らかに割高なうえ無用な付加価値として記念品要素だの特産物の土産だのが付いて来るが、愛想のいい閑職中年男性から受け取ってしまった手前、すぐに廃棄するのも気が引ける。第一、自動販売機で発券するより窓口に人間をひとり配置する方が安上がりで、昭和何年に逆戻りしたというのだろうってぐらいの人数しか利用しないんだから、それでもこの切符が残っているのが不思議なぐらいだ。
 まあいいや。3-4×10番線のプラットホームに降りて、高速鉄道ブルー・スポメニック号を待つ。風通しのいい日陰のベンチに座っていると7歳ぐらいだろうか。むかし、むかしの超特急のぞみ号を模したリュックサックにJR東海道530000ネクスト(通称トーカイドー)のキャップを被った男児が居たので、記念品の特製マグカップや納豆抹茶梅ザラメ味の電車サブレー、小さなレジャーシートに孫の手、片栗粉、サバイバルナイフといった品物を一揃い手渡してやった。父親がやってきて大層感謝されたが、ホントに嬉しいのか……?
 無邪気な少年は箱を開けて、電車サブレーを一つくれた。試しにかじってみるが、コレがどうして意外とイケる。あとで車内販売が来たら買ってみよう。

 目指すはマッドナゴヤ経由トライアンフ大阪、第二ネオ梅田東駅から地下鉄ミドースジ線で南下してトリプルテンプル筋の雑居ビルの一室に、確か兄さんの部屋があったはずだ。
 轟音と共に目の覚めるようなセルリアンブルーのボディに銀のラインが入った、高速鉄道ブルー・スポメニック号が3-4×10番線のプラットホームに滑り込んで来た。
 シパーーっと音を立てて真っ白い蒸気を吐きだし、そこにバチバチっと青白いプラズマ間欠泉が舞い上がる。自動ドアが内側にズレてゴーっと横開きし、僕はさっきの少年の後について乗り込んだ。前より1号車、2号車の順に一番後ろが16号車。座席は全席指定で、グリーン車は9号車、10号車。車内は禁煙でトイレは3号車、7号車、10号車、13号車の後部に……淡々と流れるアナウンスを聞き流しながら僕は8号車のA18番を探した。

「あの、ですから」
「ああぁん? チッ」
「そこは、息子の」
「……」
 ふと前を見やると、さっきの男の子と、その父親が座席の前で往生している。端末の予約画面を開いて見せているのだが、その明かりで猛烈に困っている顔がしっかり照らされている。どうも座席の件でトラブっているようだ。
「よおシンカンセンの坊や。また会ったな。お父さん、どうしました?」
「あっ、先ほどはどうも、その、席の予約を」
「うーーるっせえなあ、オレ、カンケーねえんだよヨソでやれよ」

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ダイナマイト・キッドです 写真は友人のクマさんと相撲を取る私 プロレス、格闘技、漫画、映画、ラジオ、特撮が好き 深夜の馬鹿力にも投稿中。たまーに読んでもらえてます   本名の佐野和哉名義でのデビュー作 「タクシー運転手のヨシダさん」 を含む宝島社文庫『廃墟の怖い話』 発売中です 普段はアルファポリス          https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/376432056 小説家になろう                   https://mypage.syosetu.com/912998/ などに投稿中 プロレス団体「大衆プロレス松山座」座長、松山勘十郎さんの 松山一族物語 も連載中です そのほかエッセイや小説、作詞のお仕事もお待ちしております kazuya18@hotmail.co.jp までお気軽にお問い合わせ下さいませ

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