#不思議系小説 第161回「Scarlet Sun-Set 1.」

 白い階段を何処までも登ってゆく。柱も壁も踊り場も白い。そして南に向いた大きな窓の外には良く晴れた空と紺碧の海。嵌め殺しのガラス越しに差し込む陽光が、白い床に格子状の影を描く。
 折り返し、折り返し登ってゆく白い階段。遥かな眼下には音もなくただ波打ち、寄せては返す青い海と白い波しぶき。太陽に近づいてゆく。白い階段を昇り続けてゆく。

 果てしなきガラス張りの、海の見える階段室を登り詰めた先には鉄製のドア。古い県営団地の玄関みたいな、のぞき窓も郵便受けも無い、モスグリーンのくすんだ扉の、銀色のドアノブを掴んで回す。
 ガゴチャッ……、と湿った蝶番の軋む音がして、結露の浮いた冷たい扉が手前に開く。
 そこは高層階と屋上までを階段や遊歩道が跨いで広がる多段式高層庭園のある巨大な集合住宅で、僕はその無数にある部屋の一つから足を踏み出していた。

 クリーム色の外壁に乱暴なフォントで殴り書きされた曲尺手ビルM-211の文字。地上数十階の高さに位置するそこが最上階で、地上まで一気に降りられないためエレベーターが真ん中で上下とも折り返している。それでも壁一面に設置されたパネルに行き先階ボタンがずらっと並ぶほど、ここは高いところにある。部屋のドアはどれも静かに閉ざされていて、物音や人のいる気配すらない。団地と団地を繋ぐ連絡通路を歩く人も居なければ、高層庭園にも、人っ子ひとり見当たらない。

 高層庭園の木立の向こうには青緑色のタイルや赤茶系のレンガをあしらったマンションやビルが見え隠れし、その前には片側一車線の県道と街路樹がある。そこを、青く平凡な軽自動車が走ってゆく。この場所は平成17年頃と地続きで、今でもあのままの日々がアスファルトで舗装され取り残されているのだろう。

 僕は最上階の連絡通路を歩きながら、眼下に広がる灰色の街を眺めていた。
 あの無数に並ぶ不揃いな墓石みたいな建物の、どれか一つが出口だ。

 連絡通路を区切る金網付きのドアを開けて、B-212棟のエレベーターのボタンを押す。音もなくスイーッと上がって来た四角いゴンドラがカッコン、と蛇腹のドアを開けて僕を待つ。乗り込んで見ると212棟は211棟より上層階があるようで、ボタンは上にも下にも並んでいる。僕はその一番上に向かうボタンを押して、箱の壁にもたれてため息をつき、ドアが閉まるのを待った。

 エレベーターの壁はいつの間にか全面シースルーになって、ネオンの光る暗闇の中を横向きに移動している。エレベーターは上下だけじゃないんだ。
 あれは病院、あれはガソリンスタンド、あれは学校、消防署……。見たこともない文字を読みながら僕はネオン管で模られた空虚な街並みを見つめていた。あの色とりどりの光で飾り付けられた街は全てまがい物、作り物で、国家が理想とする意識が高くて環境と多様な人々に優しい、満ち足りて豊かな国民生活を演出するために設立された曇天公社が産み落とした、文化のあだ花。美しい国が行き着いた先に残された負の遺産。
 あの中には住んでる人もいなければ、暮らしも生活も何もない。
 ただ光り輝く廃墟がひとつ、のんきにピカピカしながら広がっている。

 エレベーターが暗闇の中を上がり始め、透けていた壁が頑丈で退屈な乳白色のくすんだマーブル模様の合板になった頃。リン、と思ったより控えめな音を鳴らして到着した。
 ドアが開いて外に出るとき、ふと見た操作盤の階数は僅か2列まで激減し、古臭い、カシャっと押し込むタイプの乳白色の丸釦には黒い文字でB1と書かれていた。頭上には案内板、壁には催し物のポスター、そしてドアの外は平成どころか昭和40年代がそのまま埋まってしまったような、駅やデパートの地下そのものだった。

 クリーム色に黒い粒々模様の床タイルが冷たく敷かれ、天井付近では総菜やベーカリーショップの匂いが空調に乗って籠りながら循環する。催事品売り場、と書かれた武骨な白いパネル。売り場に居る女性の服装も黒と白の細かいチェックのスカートに白いシャツ、赤いスカーフに黒いチョッキ。洒落た呼び方をするのが不釣り合いな、チョッキと呼ぶべきものを身にまとった黒いパーマヘアーで化粧の白い女性が、大きな伊勢海老が描かれた贈答品用の缶入り高級エビせんべいを棚から取り出したり仕舞ったりしてニコニコしている。
客など何処にも居ないのに。

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ダイナマイト・キッドです 写真は友人のクマさんと相撲を取る私 プロレス、格闘技、漫画、映画、ラジオ、特撮が好き 深夜の馬鹿力にも投稿中。たまーに読んでもらえてます   本名の佐野和哉名義でのデビュー作 「タクシー運転手のヨシダさん」 を含む宝島社文庫『廃墟の怖い話』 発売中です 普段はアルファポリス          https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/376432056 小説家になろう                   https://mypage.syosetu.com/912998/ などに投稿中 プロレス団体「大衆プロレス松山座」座長、松山勘十郎さんの 松山一族物語 も連載中です そのほかエッセイや小説、作詞のお仕事もお待ちしております kazuya18@hotmail.co.jp までお気軽にお問い合わせ下さいませ

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