The Best Is Yet To Come
「逃げろー、逃げ、早く……!」
「誰かー!!」
「助けて、たすけ、嫌あああっ!」
「おがあざああーーん!!」
空気を切り裂くような悲鳴と同時に、銃声や何かを叩き壊すような音が続けざまに響いた。
雑居ビルの階段から往来に飛び降りると、レトロドールのあるビルからさらに一本向こうの筋と通の角に立つ、赤っぽいレンガ造りのビルの三階から黒煙が上がっている。じっと目を凝らし、騒ぎが起きたと思しきお店のある辺りにズームアップしていく。一瞬、煙の流れ出る窓から上半身を乗り出して助けを求める女の子が見えたが、すぐに室内へ引きずり戻された。
「何事だ……?」
僕はサンガネ探しもそこそこに、そのビルの下まで行ってみることにした。
叫び声、悲鳴、閃光、そして爆炎。
窓ガラスやドア、壁の一部を吹き飛ばす轟音。
怒号が飛び交い、逃げ惑う人々が濁流のように走り去って行く。
それに逆らいながら歩いてゆくと、炎に焼かれ煙にまかれたビルの前に着く。見上げた看板には「OUTER HEAVEN」と硬く乱暴とも言える筆致のロゴマークと店名が描かれているが、そこかしこが割れて砕けて無残な様相を呈している。
「避難所(ヘイヴン)のはずが地獄に様変わりか」
やがて往来を流れ去る人々も、ビルからこぼれ出て来る人々も途絶えた。辺りを一瞬だけ静寂が走り、次いで程度の低い拡声器で引き伸ばされた野太い声が響き渡る。
「喜べ! 市民たちよ!! 我々は為政者共の慰み者ではなかった!」
一体なんのことを言っているのかと思っているのもお構いなしに、拡声器は怒鳴り続ける。
「古き良き文化も記録も暮らしも、記憶でさえも……独立オーサカ一心会は自分たちのエゴと名誉のために、土足で踏みにじろうとしている! 我々が生きた証も、守り続け残して来たものも、全てを消し去り、ここに自分たちのエゴの結晶である新・独立行政会館を建設しようとした! しかし」
しかし、しかし、しかしぃ……とビルの谷間に機械仕掛けの怒鳴り声が虚しく跳ね返って遠ざかる。
「我々は、あの忌々しい為政者どもから、諸君ら市民を、愛すべきオールドメディアの兄弟たちを開放する!!」
「それよりも先に解放してやるべきカワイ子ちゃんたちが居るだろ!」
ドーランをベッタリ塗った白い顔を紅潮させ、満足げに御託を並べているアホの変態野郎に我慢ならず、気が付くと店の中にズカズカと入って拡声器を持った白塗り顔の男に向かって、拡声器よりデカい声で怒鳴り散らしていた。
「なんだ貴様ァ!」
「オールドメディアの愛すべき兄弟」
「ふざけるな!」
「お前が言ったんじゃねえか、ウジ虫みてえな色したツラでよ」
「……!」
「お前みたいなカルチャー気取りのめんどくせえ奴ほど他人には不寛容で、自論と自意識だけを押し付ける。それが正しいオタクの姿か。それが愛すべき兄弟に対する仕打ちか。どうせ女の子目当て、カラダ目当てセックス目当てのファッションサブカル白塗りクソ野郎だ。そんな奴は二十世紀の終わりから、な、」
「……」
「死刑と法律で決まってんだ」
「勝手なことを言うな、だ、誰がそんなことを決めたというんだ」
「知らねえなら教えてやるよ」
「お前か?」
「わかってるじゃないか。でも違うね、あっちの、ほら、あのウサ耳のコ。あとそっちの着ぐるみのコ。それに、そこのミリタリー女子。みいんなで決めたんだ。お前みたいな、ヒトサマに相手されずに、結果こんなバカな真似して迷惑かける奴は、死刑ってね」
店内は荒れ放題で、テーブルや椅子、食器などの調度品から内装、厨房設備に至るまでぶっ壊されるか、燃えカスになるか、粉々に砕けるか。そのいづれかの様相を呈していた。
よく見ると、店の奥の控室にある灰色の細長いロッカーが小刻みに震えている。可哀想に、あの中でもカワイ子ちゃんが震えているんだ。
「いま助けてあげるからね、ボニータ」
「オノレ、文化の敵!」


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