君と陽炎とアスファルト
汗をかいた手のひらを繋いで、決して放そうとしなかった君はもう居ない。
トボトボと真夏のアスファルトの上を歩き続けた。海に向かって歩く、ダラダラ続く登り坂。振り返れば真っ白な陽炎。里山も生垣も苔むしたカーブミラーも、今となっては見る影もない。
あの夏の坂道へ
想いだけを連れてゆく
あの夏の坂道で
思い出だけ残ってく
蝉時雨、瓦屋根、見えるはずのない海が広がる
瞼の奥に、山の向こうに、君のいない手をかざす
狂ったような青空に向かって僕は歩いてゆく
ほんとうに狂った空というのは暴風雨や稲妻が走る嵐の日なんかじゃなく、ただ一点の雲も許されず、青すぎるほど晴れに晴れた空だと思う。
いま僕は、忘れられた島にひとり。砂浜を歩いて歩いて快晴の神社。点々と続く僕の足跡を睥睨する巨大な御神木に絡みつき埋もれてる有刺鉄線が時々ギラリと顔を出す。
晴れに晴れるしかない空が狂ったように青ざめているのを、僕は茫然と見上げていた。鳥居には注連縄と南国情緒あふれるサボテンの花。赤い地獄の血吸い花。
ただ一点の雲も無く、青すぎるほど晴れに晴れた深い空に沈んで、泳いでいるみたいに陽射しが揺らぐ県道2号線を走る原付。戦前、いわゆるカブと呼ばれて親しまれ広まった車種だ。昔、ウノ兄さんが教えてくれた。これは、あの家の納屋で埃をかぶっていたので燃えちゃう前に貰って来た。
カギなんか如何にでもなる。キックを入れてみたら、ちゃんとエンジンがかかった。里山のデコボコ道を降りて来て、古い(そしてとっくの昔に廃業した)商店の角を曲がる。屋号の文字が少し剥がれた看板を尻目に、緩やかに曲がりくねった一本道に出る。それが海沿いを走る県道2号線だ。
舗装が割れたり砕けたりしているが、走れないほどではない。スピードは出ないが、歩くよりはマシだ。16輪駆動の陸上貨物列車、通称ビッグスネイルでもあればハナシは別だが、そうじゃなければコレで上等。どうせ行く当ても急ぐ旅でもないし、何処へ行こうか。
青空の下を飽きもせず海沿いの道を走るカブ。
ゆっくり、ゆっっくりと過ぎてゆく景色はいつまでも青い海に乱反射する夏の陽射し。県道とサンロードの境目が溶けて、堤防から繋がって走り出せそう。
信号も無い、あったけど壊れたり倒れたりして機能していない。点滅すらもやめて、頭から突っ伏したまま黙り込む信号機を幾つも通り過ぎて。コケむして蔦に巻かれて殆ど里山に溶け込んだような信号機が、ときどき真っ赤な目玉を瞬きさせるように点滅して、また黙る。
そうだ。兄さんに会いに行こう。ずっと独りぼっちだし、退屈して来たところだ。兄さんなら何処かで、きっと元気にしてるだろう。兄さんの手掛かりを探そう。
青い青い海と空の境界線を目指して、真っすぐねじれた思い出を辿ってゆく。最後に兄さんと別れたのは、何処の街だったっけ。バッドニュース福岡?
ノーマーシー広島?
バイオトーキョー?
いや違う、その何処でもない。トライアンフ大阪だ。水の都、狂乱の大勝利宣言都市、オーサカだ。そうか、僕はそこからずっと独りぼっちだったんだ。寂しいな。
兄さんは元気かな。
そうと決まればハナシは早い。県道2号線から逸れて産業道路に入る。湾を跨ぐ巨大なベイブリッジが3本あって、それぞれ緑、黄色、スカイブルーの色ごとに行き先が分かれている。スカイブルーの橋は埠頭を経由して市街地に入る。途中、干拓地の田畑を横切って長閑な道を進むコース。僕はこの道がお気に入りで、よくヒマになると走っていた。
そのまま駅に向かうことも出来るし、これで行こうか。そう思って、産業道路からベイブリッジに向かうと、スカイブルーの橋は根元からボッキリ折れて沈んでいた。
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