狭い路地を抜けて海の家や閉店したままの土産物店の前を通り過ぎて、横並びになった小さな店たちのなかに、彼女のお店があった。来たほうから数えてひとつ、ふたつ、みっつ数えたら、そこに彼女のお店は無かった。いや、お店の建物自体が無くなったのではない。
見覚えのない、やたらキラキラした装飾と派手で明るい色使いをして、
SNSに載せる写真でとにかく映(バ)えることに全力を向けました!
とでも言いたげな、店とは名ばかりの少ないわりに割高なメニューと簡素すぎる内装で軽薄そのものの店構えをした、パフェとドリンクと焼き芋の店になっている。
店の名前もメニューの看板も、彼女の好きだったセンスとはかけ離れた、まったく別の、どうにも着地点の見当たらない場所になってしまっていた。
なんとなく心の奥でわかっていたつもりだったことが本当に目の前に広がっていると、やっとの思いで辿り着いた心の置き場が土砂降りで落ち着かない。
店の前まで来て今更、君のメッセージアプリに通話をかけたり、SNSやネットで検索をしてみたけど、そんなものは無意味だというのもまた、わかりきっていたことだった。
とりあえず、その店に入ってみる。店内には大音量で聞いたこともないポップスが流れ、そのMVが大きな画面に映し出されていた。が、それ以外には小さく座りにくそうな椅子が数脚しかなく、テーブルやカウンターすらも無かった。
「いらしゃいまっせえー」
店の雰囲気やコンセプトにそぐわない奴が来たからか、もともと血圧でも低いのか、この空間に凡そ似つかわしくないほど低いトーンで若い女性店員が僕を出迎えた。
とりあえず飲み物でも、と思ってメニューを見ると、今の時期はホットチョコレートとパフェと焼き芋だけの営業のようだった。夏はそれに冷たい飲み物やジェラートも出すようだ。
僕は1580円もするパフェとホットチョコレートのSサイズのセットを注文し、会計の合間にこの店が出来る前のことを訪ねてみた。が、真っピンクの髪色とバチボコに開いたピアスとは裏腹に始終俯き加減で暗い表情を作り続けている若い女店員は僕の質問に答える素振りすら見せず、レシートと小銭をぬっと手渡して、その辺で待ってろ、というようなことだけボソッと呟いた。
言われるがまま所在なく立っていると、この変わり果てた店が意味もなく憎たらしく、おぞましく思えて来た。彼女が好きだった落ち着いた雰囲気とシーシャの煙で満たされた、小さいけれどとても心地よい場所だったのに。
今こういう連中の間ではこういう音楽と人物が流行しているのだな、と思うしかないような音源と映像が延々と垂れ流され、待っている間に客は一人も来なかった。
やがてパフェとホットチョコレートが出て来たので受け取ると、1580円もした割に両方ともずいぶん小さくて、思わず驚いてしまいそうになった。すんでのところで喉まで出かかった言葉を飲み込むことが出来たのは、厨房から出て来た若い男の言葉だった。
こっちが店長だそうで、オーナーから聞いて少しは事情を知っているようだった。
なんでも夏ごろから急に休みがちになり、やがて常連客は元より友人知人、果てはオーナーとも連絡が取れなくなってしまったために契約も打ち切られたとのことで、それでここが空いたので自分たちの店を始めたのです。と、幼さを感じさせる話し方だったがしっかり答えてくれた。
なんだ、ちゃんと伝わっていたのか。店構えや品物を脳内で罵倒してすまなかった、という負い目もあって、自分で思っていたよりも丁重に礼を述べて店を出た。
さて、と行く宛てもなくして呟きながら、僕は道路を跨いで海岸に降りる階段に腰かけた。
パフェはカップいっぱいに詰めたジェラートに生クリームが乗っていて、そのうえにカラースプレーと幾つかのナッツ類がパラパラと飾るように盛りつけられている。
そこにチョコ味のチュロスが斜塔のように突き刺さり、そいつで拭うように食うと案外美味かった。
量は少ないが味が濃いので、案外これで満足感もある。若いがちゃんと考えているのだな。
そんな風にパフェを味わったり、あの若さで店を切り盛りする二人のことを考えるふりをしつつ、僕は自分自身の不甲斐なさ、間に合わなかった後悔から目を逸らそうとしていたが、諦めて俯くことにした。
結局もう僕は、彼女には二度と会えないのだろう。
アカウントも、メッセージも、そして一緒に過ごした時間も。
すべては寄せては返す波の泡沫、海に浮かんだ光の泡だったというわけだ。
僕はジェラートの上に乗っていた小さなクルミを指でつまんで、眼の高さまで持って来て、ひと息いれて、灰色の低く広い海と空の境目に向かって放り投げた。それはすぐに波にのまれてしまうと思っていたけど、風に乗って思いのほかぐんぐんと飛んでいって、やがて一羽のとんびがそれを捉えてぶわり、と舞い上がった。
クルミはとんびの爪の中で、いつまでもいつまでも回り続けた。


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