だが。
今度こそ勝利を確信したクリス大佐が仰臥して荒い息を吐くマノを抑え込み、素早く腕をとってリストロックを仕掛けようとした、その瞬間。下になったマノが逆にクリス大佐の腕を絡めて手首を捩じり上げた。苦悶の表情を浮かべたクリス大佐の全身がみるみるうちに真っ赤になってゆく。額に浮かぶ汗がじわりと垂れて、マットに落ちて消える。
血まみれで鬼のような形相のマノは尚も手を緩めず、そのままじわじわと態勢を入れ替えてゆく。そしてクリスの腕を右手でロックしたままゆっくりと立ち上がり、手首を掴んだまま左手で胸板めがけて強烈なチョップをお見舞いした。一発、また一発と命中するたびに炸裂音とともに汗が飛び散り、クリス大佐の胸板がどす黒く腫れあがる。胸板の次は首筋にも手刀を打ち込む、打ち込む、打ち込みながら青い支柱(コーナーポスト)まで詰めていって、
「あーーっ!!」
と叫ぶ。
「ああっ、マノが拳を握った!」
右手を強く握り締め、左手で何度も何度もクリスの胸板を叩いた。あまりの激しさに皮膚が裂け、筋肉が断裂を起こしている。クリスの表情が憤怒から苦悶に変わり、青ざめたままのけぞった。それでも手を休めないマノだったが、一瞬のスキを見たクリスがその手を巻き取るように掴み、素早く体(たい)を入れ替えてバックを取った。左腕でのけ反らせたマノの首を前から抱え込んだクリスは、そのまま体を横回転させながら今度はマノの体(からだ)ごと巻き込んで、顔面からマットに突き刺すように叩きつける。まさに一瞬の早業、虚を突かれたマノは成す術もなく、マトモに喰らってしまった。
「ああっ!」
「マノー! 立ちなさいよ、ほら!!」
「マノさん、がんばってー!」
「ああイカン、これは……!」
気が付くと、みんなでモニターに釘付けになっていた。マトはサメちゃんの御膝の上に座りながら、じっと見守っている。ミンミはニャミのゆりかごの隣でソファに腰かけて、こわごわ見つめている。それにしても、意外とこの母子は落ち着いている。特にマトだ。
「マト……怖くないかい?」
「(ウンウン)」
マトはボクを見て、はにかみながら頷いた。ツヤツヤしたおかっぱ頭がそのたびにゆさゆさ揺れる。
(ボキたちはウノと過ごして慣れてるからニャ。ミンミは、ちょっとビビってるぢょ~)
「ウノさんもマノさんも乱暴ですひん……乱暴は良くありまひん!」
「ウノさん、強かった」
「ホッホ、ぼんは真似をするでないぞえ」
膝をつき、ゆっくりと立ち上がろうとするクリスの太ももの辺りに、マノが手を伸ばして衣服を掴む。上質なスラックスだが、一連の戦いでお構いなしに皺くちゃにされている。汗や、マノの返り血も浴びて……。そのマノの腕を手繰り、両わきから自分の腕を差し込んだクリス大佐が、一瞬体を深く沈めた。
そして膝から全身のバネを使ってマノの体を持ち上げようとした。
「クリス大佐! クリス大佐! 大至急、司令部にお戻りください!!」
途端に警報のベルがけたたましく鳴り響き、私室のモニターからクリスの姿が消えた。
「マノ、先に行くぞ!」
そう言い残して足音が去ってゆく。マノは何とか起き上がろうとするが……ガクッと首を垂れてマットに突っ伏した。
「何事だ!」
数分も経たないうちに、クリス大佐が司令部にやって来た。
この短い間に着衣から髪の毛までキッチリと整え、今や毅然とした司令官となったクリス大佐に矢継ぎ早な報告が飛ぶ。
「沖合からまっすぐこちらに向かって来ます! 正体不明!!」
「強烈なエネルギーの持ち主です。こちらの呼びかけには応じません!」
「レーダーには反応がありません……巨大な生物か!?」
「何だと!?」
「遠距離監視カメラの映像を受信しました、転送しま……す……うわああああ!」
「どうした、報告を続けろ!!」
「イカだ! 巨大な、イカのバケモノだ!!」


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