灯りを消してベッドに横たわる。疲れた体が浮き上がりながら沈んでく。この世の中に自分が存在し続けることを拒絶するかのように。部屋の真ん中に置いた鏡に月明かりが差して、遠くを走る深夜特急がレールを蹴る足音を運んでくる
雨が降るんだな──
その一言を脳みそが絞り出すまでにどれほどの憂鬱なニューロンを叩き起こし潜り抜けて来たのだろう。咳止めもカフェインも要らなかった頃、処方箋も輸入品も知らなかった頃、一体どうやって生きてたっけ?
一体どうやって乗り切ってたっけ?
一体どうやってやり過ごしたっけ?
いま何を考えてたんだっけ?
祖母が残した年代物の電気スタンドはイギリス製。ガサガサいう台形のカサを外せば丸裸の電球がひとつ。白い陶器製のボディは冷たくてつるつるしている。少し埃の積もった電気スタンドは、もう動かない
さっきまで散々罵倒し嘲笑ってきた家具家電調度品どもも、今は静まり返っている。破片を踏みつけて足の裏から血が出ても、飛び散ったガラスや陶器が頬をかすめても、もうどうでもいい。今は君を殺したい
今は君を殺したい
窓の外でタバコ吸ってるバカを殺したい。いつも朝でも夜でも、家の中で吸えないタバコを外で吸ってるバカがすぐ近所に潜んでいる。きっとタバコが合図で、何か良からぬ計画を企てているに違いない。殺さなければ
外宇宙マイナス星雲211系偽アンドロメダ銀河が広がり続けて、晴天公社の偽太陽を狙い撃ちにする作戦だ。光を奪えば色を失くし、色を失くせば世界が消える。白と黒の逆転現象は朝も夜も奪われた人々を救済のふりをして奴隷化させる。騙されないぞ!
さあタバコを消せ、そのタバコを消すんだ!!
お前が外宇宙三千須弥山マイナス銀河のフェイクロメダスだということは、具体的根本的完全完璧に全部まとめてまるっとEverythingお見通しだ!
何故そんな抵抗をする!?
やっぱりお前が合図をしてたんだな、とぼけるな!!
そのタバコを消して今すぐ死ね!!
こじゃれてイケ好かないガーデニングまみれのクソ庭に転がっていたレンガブロックを片手に持って、偽アンドロメダ人の頭蓋目がけて振り下ろす。ゴキャッ! と、グチャッ! の混じり合った、いかにも人間の骨と脳を砕いたような音を出しくさるのがまた気に喰わない。そんなところまで人間らしく振舞ったってムダだ!!
アンドロメダ!
アンドロメダ!!
偽物銀河のアンドロメダ!!
レンガブロックが街灯の光に照らされて深く赤く染まっているのが見える。この野郎、目玉をこぼし舌を垂らし手足をバタバタ痙攣させながらも、まだ人間のふりを諦めない
そんな風にわざとらしく、バタバタしたり顔のパーツをこぼしたりするもんか。おおかた資料としてスプラッター映画でも見たのだろう。甘い甘い
The Texas Chain Saw Massacreだってそこまでじゃないぜ
どんどん振り下ろすレンガに脳や骨や肉の破片がびちびちと付着して、血糊に体液が混じって糸を引く。それが街灯に照らされてまた光る
イケ好かない小奇麗なウサギ小屋から飛び出してきた耳の長い生き物が悲鳴を上げてバタバタと走り去る。もしもし! もしもし!? と鳴き声がする。うるさい小動物はぶっ殺すに限る、すぐにレンガを持って玄関口に飛び込むと最新型のスマート端末に見せかけた偽アンドロメダ特有のY電波発信装置紫糸蚯蚓玄界灘装幀版を握りしめ真っ赤な涙目をこちらに向けた。薄いナイトウェアからColorfulな下着が透けて、いちばん上のボタンが外れていた。はだけた衣服と汗ばんだ髪。急いでたくし上げたズボンとはみ出た下着。そうかこいつら生殖してやがる、偉そうにココはお前たちの星じゃないぞ
やっぱり殺さなきゃ
パパーッ!
ママーッ!
と鳴き声を上げて逃げ回る小動物を家中追いかけまわす。テーブルもチェアーも電子レンジもテレビジョンも当たるを幸い蹴散らして追い詰める。痛みも疲れも感じない、目の前の異星人を殺す、その正義の使命感だけが血流にのって全身を支配し漲っていた
レンガを投げつけ背中にぶつける。勢いよく倒れたところが寝室のドアらしく寝ぼけた顔をして出てきたのは苛立つ中年女に化けた電気スタンドだったが、こちらを見るなり真っ青な顔をしてバタンとドアを閉めて中から鍵をかけバタバタと音がする。ガラガラバッシャン! と何かが開いて、また足音。逃げたか。まあいい、コイツが先だ。バタンと閉じたドアの前で絶望的に呆然とした顔の小動物が小便を漏らしながら小刻みに震えている。観念しろ、そんな風にしたって逃がさないよ
改めて拾い上げたレンガを小動物のアタマ目がけて振り上げたところで、ウサギ小屋に雪崩れ込んで来たのは大勢の電気スタンドどもだった。しまった、こいつらも同じか……!
カラダを押さえつけられ、あっという間に拘束された。その向こうでは逃げ出した中年女に化けた苛立つ電気スタンドが引きつった顔をしながら、小動物に言い訳めいた慰めの言葉や、自分が如何にもお前を救ったと、まるで自分自身に言い聞かせるような嘘を涙ながらに垂れ流していた。小動物は光の消えた目をしながら、それに心なく頷いていた
あんまり腹が立ったので、最後の力を振り絞って中年女に化けた電気スタンドに向かってレンガを掴んで投げつけた
ゴヅッ!
と音がして命中したレンガが電気スタンドの側頭部にめり込んで、フローリングの床にゴトリと転がった
怒号とコチラを押さえつける沢山の節くれだった手の中で、中年女に化けた電気スタンドのボディが砕けて崩れるのが見えた
電気スタンドは、もう動かない


最新記事 by ダイナマイト・キッド (全て見る)
- 58. - 2023年12月4日
- Sol Anochecer - 2023年11月30日
- 57. - 2023年11月27日
最近のコメント