租界にある博士のお店を出て、千日前通を東へ。
谷町、生玉の廃寺群を抜けて上本町から鶴橋まで来たら玉造筋を下る。体力があるうえに美人が居ると聞いたマノは元より、こう見えてボクも日頃は目ぼしいものを探しに出かけているから歩くのは得意だ。
桃谷駅前商店街と言うのは元々、桃谷駅から東に向かって伸びる三つの商店街が連なったもので、戦前の大阪でよく見られたような長いアーケードを持つ一本道の商店街だ。
だが今は何処の商店街も荒廃し、アーケードも殆どが倒壊し、店同士の組合は崩壊し、闇商人や泥棒は往来し、商店街とは名ばかりの空間になっている。桃谷駅前商店街も御多分に漏れずアーケードは穴が開いたり途中で崩れ落ちたりしているし、中央付近は建物ごと潰れてしまったために解体して広場になっているし、本来そこで営業していたお店は半分くらいで、あとは青空市場の出店者と、商店街のテナントに入っているシティの出先機関や監視所がある。
黙認されているだけとはいえ、青空市場は今日も賑わっていた。旧桃谷駅側から生野区役所方面に向かって歩いていると色んなものを色んなひとが並べている。
麺類やタコヤキの屋台、古着に古雑誌、古道具、何に使うんだかよくわからないガラクタ、明らか盗品か横流しの医薬品。自転車、台車、オートバイまである。
青物を売っている一角では近所で獲れる魚介類や作物はもとより、遠く湖岸都市で獲れたゴサンドという砂地に住む野兎の干し肉や、ハチマンミナサトツチウナギなる地中で暮らす鰻の仲間の蒲焼きなんかもある。
湖岸都市とはその名の通り、このカンサイチホーの水瓶と呼ばれた巨大な湖のそばで栄えた街で、住んでいたのもヒン族という湖岸民族たちだ。だが戦争で使われた環境兵器や化学作戦のため遂に巨大湖は枯渇し、そのまま広大な荒野となり果てた。そしてヒン族も、母なる湖と運命を共にしたと聞いていたが……まだ出稼ぎに来るくらいの人々が生き残っているのかも知れない。
さて、ボクの目当てでもあり、博士のお使いでもある機械の部品や細かいネジ、ナット、ケーブルやらアレコレを見繕っておかなきゃ……。
「サンガネ!」
「なんだい、マノ」
「そろそろ喉が乾かないか。チャイか何か飲んでひと休みしてシーシャでも吹かしたいな!」
「ハイハイ。ミロクちゃんの屋台なら、もう少し先の広場にあるからね」
「ほぉーーそうかそうか。そりゃあいい」
シビレを切らしたマノが僕に何かアピールしているが、広場の屋台と聞いて俄然ご機嫌が良くなった。本当に分かりやすい人だ。
まあ通路の方に目ぼしいものは無さそうだし、このまま広場に向かおうか。
ドヨドヨドヨ、と流れる人いきれのなかを掻き分けるように進んでいくと、両側の店舗と壊れかけのアーケードが急にスポーンと抜けたような空間に出る。そこが桃谷商店街広場で、ここらの青空市場の本拠地だ。
中には居付いて常設の小さなお店を建ててしまった人もいるくらいで、特に人気なのが広場の南側にあるピザ屋さんだ。このカーサ・ディエッラなるピザ屋さんは戦前から桃谷駅前商店街で人気を集めている老舗で、博士も何度か足を運んだことがあるという。
商店街の中ほどを解体して広場にするとき、ちょうどその中心にあったのがカーサ・ディエッラで、幸か不幸かそこを中心に広場を作ることになったのだという。そのため閉店を惜しんだ当時の商店街の人々や組合長らが大阪市や生野区に掛け合って補助金の交付を求め、お店の建て替えや広場の建設に充てる費用を幾らか引き出した。という経緯もある。
店に歴史あり、だ。そのため今でも商店街の人々の憩いの場であり、ここのピザは広場の名物として知られている。実際美味しい。
ねえマノ、ピザでも食べよう……か……?
「やあ、御免。仔羊堂というのはコチラかな?」
「いらっしゃい、そうですよ」
「君がミロクさん?」
「ええ」
「ウワサ通りの別嬪さんだね、僕はマノっていうんだ。いやあ友人がこちらのシーシャとチャイを絶賛していたもので。是非お邪魔しようと思ってたんだ。早速だけれど温かいチャイと、シーシャを一本つけてくれないか。フレーバーは……クールだけど笑顔の温かなミロクさんのお任せがいいな」
全く。幾ら客だからってよくもまあ初対面でそんな長口舌が振るえるものだ。
ミロクちゃんの方も苦笑いしつつ、丁寧に応対してくれているが……コレじゃウワサの出所である友人として顔を出しづらいよ。


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