未練さえ、なかったらな。一人ぼっちの帰り道をとぼとぼを辿りながら小さな石ころをつま先で蹴飛ばした。乾いたアスファルトの上をカラカラと転がってドブ板の向こうへポチョンと落ちた名前もない石ころ
日々の充足と生きる希望と引き換えに君が居なくなったのならば、いま僕が心の中で息が詰まって死ぬほど抱えている未練は一体何と引き換えだったのだろう
すべてが救いになる朝を僕はどれだけ待ち望んでも、それは忘却でも昇華でも成就ですらなく生きることすらやめられず世界は今日もいつも通り回ってるはずで
遠ざかってゆく光に気づいているけど、影を増す帰り道に僕は一人きり。今日も世界はいつも通り回っているはずだ
痺れてしまった足を伸ばして、また血が通い始める感触をじんわりと思い出す。自分の中で見つけるべき落としどころを他人にばかり求め押し付けている奴等の身勝手さが満ち満ちて駆け巡り、たわみゆがんだ下水道が破裂しても泥水を被るのはいつも同じ
救えなかった悲しみを、守れなかった悔しさを、失ったもののあまりの大きさに立ち尽くす呆然すらも、平気な顔をして踏みにじって自分に注目を集め人気と票の蓮を咲かせようと躍起になるための舫便と口実
愛すべき人を失ってもなお、為政者と風見鶏の区別すらつかないと誰も彼もを愚弄しながら恥もなく生き続ける
そんな奴だけが生き延びるのならばこの世はまことの地獄だし、地獄というのはぬるま湯に浸かる風見鶏を指をくわえて見ることなのか
高笑いをあげてピアノを弾き狂う女
黒いつやつやしたショートボブを揺らしながら
明るい日差しで満ち足りた部屋に一人
何処とも知れぬホーリーマウンテンを見つめて
笑いながら叫ぶ歌姫
ブロックノイズが混じり始めた
走り続けた日々の記憶
あのころ積み上げた未来が
全速力で流れ出し駆け抜けていってしまうのを
追いかけても追いかけても逃げてゆく月のように
指と指の間をすり抜けてゆくのを
バラ色の未来を積み上げたのに
答えが見つかって、全てが腑に落ちた瞬間
君がそのレコードをふと手に取った日から
僕に歌って聞かせてくれるまでの果てしなく呆気ない日々
砕けても砕けても砕けても砂漠の彼方で
風に舞い彷徨い続ける砂と影
歩いても歩いても歩いても砂に足を取られて
灼けた大地に影を刻む沙蜥蜴
名四国道の大内インターからバイパスに乗ったら帰り道の始まり。サヨナラの時間が動き出す。素肌の手触りに目を逸らした時計の針が、夏の終わりを告げている
対向車線の大渋滞。ヘッドライトの列が儚いひと夏を弔う、レクイエムは悲しく響くクレイジーケン。ふたりだけどひとつになれずに、ひとりとひとりに戻るために、これが最後の流星ドライブ
肺を空っぽにして吸い込んだ
やるせなくて青い夜
緑の丘を吹き抜ける苦い風
さよならきっとまたいつか
必ず会いに来るから
君を迎えに行くから
叶わない思いを約束のふりして
君に預けてしまったよ
最後まで笑顔でいてくれてどうもありがとう
混み合う夕暮れ時のドライブイン、その片隅に停めた白い軽自動車。若い女性向けのそれはまさしく当時19歳だった彼女の持ち物で、新車で買って大事に乗っているクルマだった
僕は背伸びして買った黒いセダンのドアを開けて、降りてきた彼女を抱きしめた。僕に身を任せた彼女は最後まで優しかった
手を振って自分のクルマに乗り込んでゆくとき、もう彼女の視線は、いつもの自分の生活をとらえていたのだろう。次に会えるかどうかなんて、誰にも分らない。僕は会いたいと思ったし、彼女も電話口ではそう言ってくれていたけれど
結局あれが最初で最後になった
途切れ途切れの記憶をつなぎ合わせたフィルムをVTRが回し終わって、いつの間にか止まってた。夜空に映し出されていた記憶は星座よりも遠く宇宙の塵よりも儚かった
未練さえ、未練さえ、未練さえ、なかったらな
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