それは暑い日の真昼に飲んだマンサニーニャのあぶくのように、浮かんでは消える被害妄想と後悔の念。目を閉じれば次々流れる転機と迷いと優しい人々
何もかも振り切って、何かと理由を付けて、螺旋階段を転がるように堂々巡りで落ちてゆく。同じことの繰り返し、だけど年々キツくなってく。何をするにも後悔と迷いが染み付いて足取りを鈍らせる。ほどほどに生きることすらままならない、死なない程度のぬるま湯でひたひたの人生
心の中では頑張れるのに、いざ生きてみると踏ん張れない。空回りの末に辿り着いた場所でまた空回って流れてく
家に帰ることも、夜が更けることも、朝が来ることも嫌になる。自分の十数年間が一体なんだったのかさえわからなくなる。些末な世界の、些末な仕事すらままならず、戻りたくないような戻れたらもっと上手くやれるような、そんな気分ばかりが夏の日の入道雲のようにムクムクと脳裏の青空に広がって土砂降りの雨を待つ
これだけ色んな会社をうろうろしても、道端ですれ違うことなど滅多にない。会社に居るうちは、何処ぞの街角でバッタリ出くわしたりほっつき歩いているところを見つかったりしていた。縁というのは近づけば深まるものなのだろうか
目の前で汗をかいてタオルを畳んでいる仏頂面に角刈りの、このイヤなオヤジとも縁が深まったり近づいたりするんだろうか。今日で二週間、新しく入った人間の務めとして元気に挨拶をしようが、狭い通路を通るのに声をかけようが、一切の反応を見せずに無視を続けるイヤなオヤジ。こんな奴のこんな態度に腹が立つ自分が嫌になるぐらい、どうでも良さそうな人間。他の連中とは笑顔で会話をしているので、理由は知らないが完全にコッチが気に食わないらしい。睨んだり、横柄に指さしたりはするので、まず間違いはないだろう
小説を書いててよかった。好きなように好きなだけ、何度でも殺しては蘇らせてまた殺せる。モノカキを目指して良かったと思う数少ない利点、生活お役立ちポイント
それは「どこの誰だろうと気に食わなければ好きなだけなぶり殺しに出来る」
ということだ。どうやって殺してやろうか、それを考えるときだけはあの汗みずくのイヤなオヤジの顔が脳裏の青空に浮かぶ馬鹿な入道雲になってパプリカの博士みたいに膨らんで来ても構わないと思える
背の高い枯れた草叢。その向こうに広がる乾いた青空、丘の上に伸びる曲がりくねった見知らぬ道が見知らぬ街に続いている
遠く不思議な世界の夢を見た。いつ見たのかもわからない夢の欠片を握りしめて目を覚ます。気温が上がり、汗をかいて、よれよれのシャツが濡れている。蒸し暑く寝苦しい夜が終わり、忌々しく晴れ渡り気温だけが遠慮も迷いもなく上がり続ける朝が始まる。生きてゆくうえで、これほど嫌な夏も無かった。憂鬱で不満ばかりが降り注ぐ誰かの眩しく輝く夏がコッチの人生までついでに熱く生きづらくする
心に吹く隙間風が、まるでドライヤーの中でため息をついているような熱風になる。そんな気持ちがわかるかい? わかるなら、そんなに楽しそうに輝きながら夏を生きたりは出来ないだろうね
どうしてこんなことになっちゃったんだろうなあ
もっと上手く、やっと見つかったやりたい仕事を頑張れる筈だったのに。なんにも面白くない、給料も安い、結局全然ダメでつまんない仕事をすることになって、このクソ暑いさなかに汚い荷物を抱えて呆然としている。どうしてこんなことになっちゃったんだろうなあ、いつから間違ってたんだろうなあ
これもいつか取り返して、これはこれで良かったんだ、と。いつか言える日が来るのかなあ。来るといいなあ、来てくれないかなあ、あぶくの中で揺れる心がリンゴ味の炭酸ジュースに溶け込んで。砂糖まみれで甘ったるいはずの陽射しがほんの少し苦くなった
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