第60回「汚れた焔」

 片言のニホンゴを話す君の、黒くつぶらな瞳。鼻筋の通った顔に少し不釣り合いな小さくてクリっとした相貌が余計に愛らしい。シワの増えたであろう顔は数年前でも十分に若く見えただろうし、今でも年よりは若く見える。そして何より、その可愛らしさ、愛くるしさは衰えてなどいない。少しも
 失敗続き、後悔しっぱなしの転職も君に出会うためにこんな会社に流れ着いたのかも知れないと、割と本気で思い込めてしまうほど君が可愛くて仕方がない
 薄いTシャツ一枚で汗をかきながら仕事をする君。白く年季の入ったバスケットにクリーニングを済ませたバスタオルを畳んで乗せてゆく。かがんだ君のシャツの胸元から豊かでたわわな胸が見える。ブラは薄い水色。ジーンズがはち切れそうなほど
ぱつん
 と張ったヒップが、せかせかと歩くたびに息苦しそうに揺れている。背は低いけど出るところは出ている、海の国から来た君の名を僕は未だに知ることが出来ないでいる。馴染みのない響きで、一度は聞き返してまで教わった、可愛い君のことを呼ぶための名前
 些細な切っ掛けを掴んで漸く聞き出した耳慣れぬ響きは工場の騒音でかき消され、今でも不確かな情報のまま僕の脳裏で宙ぶらりん。紫の鉄骨と黄緑色のイーグルクランプ、記憶と感触を何処へともなく運び続ける脳髄工場ニューロンセクション神経伝達回想ホイストが階層違いのハンスト決行脊髄反射のニュークリアセンセーション

 初めて出会った時から、君の微笑みが優しくて眩しくて。その笑顔を焦がし舐めるようにめらめら燃える汚れた焔
 どす黒く脈打つように揺れ動く焔の先で君の全身を溶かしてみたい。全身にびっしょりと汗をかいたばかりじゃダメ。無論、股間であっても腋の下であっても、だ。それが一度乾いて空気に触れてからが味になり香りになり分泌物と排泄物と老廃物と不純物と微生物の渾然一体となる。それが愛だ。僕の愛を証す儀式に欠かせない洗礼のアイテム、巡礼のアイコン、断食も修行も詠唱も要らない。ただ君が僕の女神さまで在り続けるために絶やすことなく勝手に燃やす汚れた焔

 オンボロ工場は15時終業、流行り病で早々終了、倒産廃業夜逃げにバックレ。とりっぱぐれたお金のようにボンクラ育ちのバカ息子がご立派グレた。イキって吸い込むタバコの煙で見知った女子の頬を燻して。いい年こいたオトナがタバコなんか吸うなんて。いやあれはいい年こいたオトナが吸うんだ。だけど結局イキってるガキのためのもの、その延長線上にオトナの燻製
 拭いても拭いても拭えない黄黒色の汚れの源、諸悪の根源、貴重な財源、値上げも無制限
 
 照れくさそうにはにかむ君を抱き寄せて、首筋から茶色くパサついた髪の毛をかき上げる。ふわり、と漂う君の香り。髪に、皮膚に、吐息に、くらくらするほどの愛おしさをにじませて。僕のために調合した最高に身も蓋もないポプリが歩いているような君を生まれたままの姿にしたら何処がいちばん馨しいだろう
 
 全てが終わったベッドの上で、すぐ隣に君に伸ばす指先が急に果てしなく遠い。君は天井の方を向いて、何処も見ずに目を開いたまま白く細長いタバコを吸い込んで、白く細長い煙を吐き出した
 君の指先で燃えるオレンジと赤紫の汚れた焔が、儚く美しく汚れ切ったひと時を思い出すだけ思い出したそばからじりじりと焦がして燃やして溶かして、消し去ってゆく
 灰になって粉になってフウと吹いて、それですべて終わりさ

 目が覚めて喉がカラカラ。だけどまるで夢のような時間が過ぎて行ったことに気が付いて少し名残惜しむように薄目を開けて見た目の前には寝乱れたシーツと空っぽの時間が灰皿に残った吸い殻に積もった12月17日午前2時45分
 汚れた焔が心の灰皿でくすぶったまま、白く細長い煙を伸ばしている

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ダイナマイト・キッド
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