パーソナルセンター

 21xx年、地球は巨大国家が海を挟んで睨み合い、資源や領域を巡って覇権を争っていた。

 いっぽう度重なる経済的内戦によって国土の荒廃した日本では、派遣会社が全てを牛耳っていた。いつの間にやら可決されていたらしい法令により、国民は所轄の自治体窓口に出生届を提出した瞬間から国家勤労者総動員法(国労則)に則って国家勤労者派遣局、通称パーソナルセンターに登録される。
 そして義務教育を受けた時点から、勤労派遣機会均等法の原則に則って労働の義務が発生する。但し高等教育ならびに資格取得、実地研修などを行う場合はこれが免除される。どのみち卒業すれば、また職に就くことを求められる。断るという選択肢は無い。

 20世紀の終わりごろ、日本は深刻な就職氷河期を迎えた。高騰する人件費を抑制するため、国家は働き盛りの自国民ではなく海外から安い人材を連れて来て様々な職に就かせた。表向きは技能研修と称して、その実態は殆ど食い詰める寸前の給料で朝から晩まで使役させるためのものだった。これに味を占めた企業や官僚たちがその後も外国人労働者の受け入れと人件費削減に拍車をかけ、遂には日本の労働力の大半が外国人になった。
 安い労働力で作らせた日本製ブランドの輸出と増税に次ぐ増税で得た膨大な利益は何処ともなく消え失せ、物価と光熱費の上昇も追い打ちとなって衰退した国民経済と荒廃した文化だけが残った。そんな国家運営に嫌気がさし、有り余る経済力と労働力をもって確固たる地盤を築いていた愛知県が遂に独立を宣言した。正確には、愛知県を牛耳る(=日本の国家運営に大きな影響力を持つほどの税収を誇る)二つの巨大企業がそれぞれに自らの影響下にある地域の自治を宣言。二大企業からの税収が無ければ他と同様に疲弊した地方自治体でしかない愛知県にそれを阻止する力は最早無く、愛知県は超弩級地域密着型グローバル企業・パーフェクトトヨタ(PT)と、この国の大動脈と言える鉄道路線を一手に担うJR東海道530000Next(通称・トーカイドー)によって支配された。
 これに呼応して全国で自治体の独立が相次いだ。自治体そのものであったり、地域の有力企業であったり、また複数の自治体による連合組織もあった。そしてかつて日本と呼ばれた国が組織として実体を保っているのは、首都圏とその周辺の一部地域のみとなった。
 政権与党は国家の運営する自治法人トーキョー・ヘッド・クオーターズを設立。内戦状態にある各地域との緩衝に当たらせた。あくまで日本国は従前の姿を保っており、これらの独立は正式な承認を得たものではない。というスタンスを貫きつつ、周辺の独立地域と渡り合っていくための方便だった。

 そのトーキョー・ヘッド・クオーターズ(THQ)の運営にあたる人員を派遣したのが、国家勤労者派遣局・パーソナルセンターだった。20世紀の終わりごろ、長引く不況による就職氷河期に設立され政権与党に食い込んだ人材派遣会社が、やがて一つの国の労働環境を大きく変貌させ、遂には国家の中枢にまで食い込んで深く根を張っていた。その萌芽がついに顔を出したのだ。

 パーソナルセンターによって牛耳られた労働は、やがて「この国は労働が宗教・経済は神」と呼ばれるほど厳格化され、その勧誘とお仕事情報の押し付けは病的な域にまで達した。
 いずれかの時期にパーソナルセンターに登録する際には、希望する職業や職種、勤務形態、地域、給与形態、時間帯、賞与や退職金の有無、福利厚生、最寄り駅や社風、服装の自由・または制服の貸与、備品の供給から育児支援、交通費の支給に至るまで子細に入力する必要がある。そして、それに見合った雇用が提供されるというものだった。
 しかし、これらの条件を守られたり、選んだとおりの仕事に就けたりするのは、国家上層に位置するごく一部の人間だけで、他は住まいも賃金もその他の些細な条件すらも反映されず、雇用する側がパーソナルセンターに支払った求人掲載・人材斡旋の手数料に見合った数だけお仕事情報が送信されるだけで、また登録した勤労者(労働者という表現は、これまた病的な自主規制の末に消え失せた)の学歴や勤労歴(職歴という言葉もいつの間にか聞こえなくなった)によっては、これまで外国人労働者に押し付けていた仕事をそのまま回されることすらもあった。

 国家が内戦状態となり、地域の自治体同士や国とのやり取りが煩雑化したことで滞在していた外国人も殆どが帰国または脱出し、その殆どが安い労働力として使役されていた人々だった。彼らはより良い条件と平和を求めて帰京するか、周辺の国々へ散っていった。
 もはや日本は、彼らにとって魅力的な環境ではなくなっていたのだ。

 そのしわ寄せが、職を選ぶ余裕も権利もなく、毎日メールフォルダを埋め尽くすほど寄越される「あなたの希望する条件に合ったお仕事情報」に押し流される人々に向かった。給与の加増や福利厚生の充実ではなく、今の仕事を手放せば、もっと劣悪な環境での勤労を余儀なくされるだけ。余計なことは何も言わず、ただ環境が勝手に彼らを脅迫し、働かせる。
 
 一方で各地の自治体や企業も、内戦状態となり外国人労働者に逃げられたうえ各都市間の移動も従前ほどの利便性がなくなったことで勤労人材への需要が高まった。そこにパーソナルセンターが入り込み、人材の確保と補充、募集を行った。THQの運営の傍ら各自治体と企業の雇用にも便宜を図ることで、各地の主要企業や官公庁の上層部にもパーソナルセンターからの出向が相次いだ。彼らがさらなるパーソナルセンターからの雇用と人件費削減を助長し、管理する。政権運営は、国家の使命は、人々の営みは、全てパーソナルセンターの利益のために行われる、普遍的な営利活動となった。

 こうして日本は分裂しつつもTHQの支配下に置かれた、ハケン国家となったのだ。

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