静岡県静岡市。午後3時20分。バイパスの丸子(まりこ)インターを降りてすぐの小さなアパートメントの一室に彼女は住んでいた。名前は「ななきる」と名乗った。勿論ハンドルネームだ。ななきる、とは7キルのことで、つまり七度の人工中絶によりお腹の子供を殺しているから。と彼女は話す。真偽はともかく響きだけは可愛い名前だ。そして、そんなななきる本人も中々の可愛さを持つ子だった。カラダ目当ての男が寄ってきて無責任なセックスを求めてくることもあるだろう。そしてななきるは、それを拒まない
夏。うだるような暑さの昼下がり。まだ日の高いうちから僕はななきると重なり合い、何度も何度も睦みあい貪りあった
毛深くて薫り高い彼女の秘密は実に味わい深く僕好みで、指も舌もななきるの味と匂いでいっぱいにしている時が当時いちばんの幸せな時間だった。黒いショートボブ、鋭い二重の目、鼻筋の通った美しい顔。だけど、どこか幼い表情を残したいびつなところも好き
そんな彼女の両腕はズタズタで、切り傷と根性焼と瀉血の痕と、それらを自分で縫った傷口と変色・硬質化した皮膚。それに自ら刻んだという瘢痕文身のワンフレーズ。下腹部の丹田のあたりに
I don’t know
とだけ刻まれていた
「今度孕んだらあたし一人で産んで、すぐカレーにして食べようと思って。一緒に食べてくれるなら、中に出してもいいよ」
彼女はそう言って、ゆっくりと黒いゴスロリ風ワンピースのスカートをまくり上げ、水色のつるつるした生地のショーツを下ろした。僕は端末を構えて、その一部始終を録画していた。レンズに向かって露わになった長く太い毛が黒々と生い茂って彼女の秘密を隠そうとする。その隙間から見え隠れする派手な形の包皮の奥からは塩辛くて淫靡な匂いがする。輪をかけて甘苦いスソガの香りといっしょに吸い込んで、さっきまで二人してゴボゴボと吸い込んでいたシーシャよりも馨しく心地よい陶酔感を味わった
「検診も受けず一人で産んで出生届も出さなければ、その赤ん坊は存在してないってことでしょ。だから食べちゃえばわからないんだよ。カレーなら近所にも匂いとかバレなさそうだし。ねえ」
事もなげに言う彼女の脚の間から唇を離して見上げた黒い瞳は、キリっとしていて深い色だけど何処か虚ろで時々それが僕はひどく怖くて、寂しかった
「ゴム、しようか」
意気地のない僕はそれでも取り繕うように一応聞いてみた
「あ、ゴムいる? どっちでもいいよ。その代わり危険は伴うけどね」
「いいなら、いいや。まあそうだね」
ほくそ笑むななきるに深くしつこい口づけをし、開かれた彼女の両足の間に下腹部を滑り込ませ重なり合った。付け根の辺りからぎゅっと掴まれるような締め付けと淫靡で香ばしい匂いに包まれてしまえば、あとのことなど大体どうでも良くなってしまう。そして僕も一緒にカレー食べよう、必ず食べるよと言ってしまった
それからしばらくして、ななきると連絡がつかなくなった。元々ちょっと不安定なところがあって、急にSNSをブロックされたり何日も返事を寄越さなかったりすることがあったので大して気にもしていなかったが、いよいよラインをしても返事がなく毎日ログインしていたSNSにも、勤めていたデリバリーヘルスの出勤表と写メ日記にも顔を見せることがなくなり、そのまま季節は秋の終わりになった
始めは後腐れなく楽しめる相手が居なくなったことに落胆しているだけのつもりだったけれど、日に日に彼女の事ばかりを考えるようになっていった。寝ても覚めても、あの面影が脳裏にちらつく。信号待ちの数秒でも、寝起きの瞬間にも、彼女の顔が浮かぶ
鋭く深い黒の瞳をたたえた、何処か幼げでいびつな美貌が無言でこちらを見つめている。そして半透明の彼女と目が合うと、僕に向かってニコーっと優しく微笑むのだ
そう、秋も深まって来た頃にはすっかり、彼女の幻影と共に過ごすことが当たり前になってしまっていた。そして異変は更なる幻覚を生み出した
赤ん坊だ。半透明の


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