第15回 「アビキの歌が聞こえてくるよ(前)」

 網引島(あびきしま)人間というのがいる。
 通称アビキと呼ばれる安価な労働力として製造された人造人間で、2112年に網引島と呼ばれる人工島を建造する際に実用化されたためにそう呼ばれるようになった。
 現在でも主に高所や水中などの危険な工事現場や汚染地域で働かされている。
 休みなく稼働し続ける工場では壊れるまで働き、動かなくなったら交換される。国土の大半が枯渇し汚染されたこの国で、生き残ったごく国民のうち僅かな人間だけが国家直属の正規国民となり、その下で準正規国民が下級の労働者とアビキを使役する雇われ現場監督らの労働と生活を管理する。
 そのさらに下には大半の国民が属する非正規国民がおり現場作業に従事している。アビキはさらにその下、非正規国民ですら行わないような作業を担当しているのだ。
 
 農業も工業も自営業も崩壊した我が国では頭脳労働だけが残された道であり、国家がそのまま派遣会社となって国民を雇用しインフラの復旧や汚染の除去など復興に当たっている。

 しかし、もはや国土の大半が荒廃した理由すら誰も正確に語れるものはおらず、遅々として進まぬ復興と限界を叫ばれながらも削られ続けた社会福祉と国家予算では雇った国民に満足な給料を払うことなど初めからままならない話だった。

 今や国家にとって神とは経済であり労働は宗教のようなもの。すべては侵されざるべき聖域となったのだ。


 そこで国家最高経営者会議ではアビキを大量生産し、汚染された海域や土壌の浄化作業、高速道路や高架鉄道の敷設、原子力発電所の維持管理まで全てを押し付けることにした。
 過重労働に次ぐ過重労働の繰り返し。
 世の中のありとあらゆる場所にアビキがあふれていった。
 そしてその陰で使えなくなったアビキは処分場に運ばれ、そこで無数のアビキの残骸のなかから使えるパーツを取り外してまた再生利用されるようになっていった。
 アビキの再生工場で働くのもアビキ。
 再生工場で破損したアビキは自社で加工すると経費になってしまうが、よそに売り飛ばせば幾らかでも儲けになる。
 そのため不良在庫を隠蔽したり勝手に焼却したりする工場も出てきた。また非正規国民の中にはアビキ用にと自らの肉体を切り売りするものも出始めた。
 国民による売春や人身売買は法律で固く禁じられていたがアビキの材料を確保して売却することには何ら問題もなかった。何しろ新鮮な肉体は希少で、いくらあっても足りるということはない。
 黙認されているどころか職を失った非正規国民にとっては貴重な収入源となっていた。

 そんなことがまかり通っているうちに、いつしか非正規国民とアビキの立場は完全に逆転した。
 人権や法律のせいでアビキほどの使い道がないばかりか些細な事で不平・不満を募らせ犯罪を起こし、時には暴動にまで発展する非正規国民の群れよりも、自我を持たず工場で生産されたらあとはサイクルに乗って使役、破損、再生の流れを繰り返す人造人間の方が正規国民にとってはずっと有難く使い勝手が良かったのだ。

 何しろ自我がないのだから保証も権利もいらない。
 非正規国民の怒りをぶつけさせ憂さ晴らしに使うために様々なメディアから洪水のように流す多種多様なニュースを作り出す手間と費用も一切かからない。
 
 国家の収入は大幅に増加したが復興も景気もそのままどころか一向に良くなる兆しなどはなかった。職にあぶれ生活が荒れ果てた非正規国民同士が争い殺し合うようになったばかりか、罪のないアビキですら怒り狂った非正規国民たちの標的となった。
 徒党を組んで街を練り歩き、アビキを見つけては殺して回る。
 綺麗なパーツをもぎ取って再び転売する。
 アビキには性別もなかったが肌質や顔の造作が綺麗な個体は慰み物にもされた。
 壊しても殺しても、代わりはいくらでもいるのだ。

後編に続く。

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