The Best Is Yet To Come
兄さんの手掛かりと足取りを掴んだ僕だったけど、中々マッドナゴヤに向かうことはしなかった。可愛かったんだ。あぶくちゃんが。
あまりも、あまりにも……。
彼女は毎日、違った格好をして現れた。それは衣服だけではなく、髪型やメイク、時には肌の色すらも変えて、プリズムの中に閉じ込めた虹色の光みたいに、彼女はいつでも美しくて、輝いていて、手を触れることは出来なくて。儚かったんだ。美しすぎて。
そして僕は漸く、あぶくちゃんとデートすることが出来た。といっても最終的には彼女のお店、Café de 鬼へやって来るから、寄り道の多い同伴出勤みたいなものだった。
けど、それでも良かった。僕は、僕にしては珍しく、彼女に指一本触れることはしなかった。
あぶくちゃんは、ニッポンバシオタロード唯一の映画館であるスピカ座に通い詰めていて、店に出勤する前、仕事が終わった後などによく映画を見に行っていた。多い時は仕事前にも仕事の後にも行っていた。あぶくちゃんとデートしたい奴は仕事中でも連れ出して、彼女と映画館に向かって行った。が、上映中の暗がりで彼女のあんよにでも触れようものなら烈火の如く怒り狂ったあぶくちゃんから生涯出入り禁止を言い渡され、以後二度と口をきくどころか目も合わせてもらえなくなった奴が何人か居た。
配給が途絶えて久しいことと、観客もそんなに多くないことから、かかる映画は限られているようだった。ゆえに、あぶくちゃんが映画館に来るとスピカ座の支配人は決まって同じ映画をかけていた。それは前時代、ガソリンを燃やして走る自動車が世の中にあふれていた頃の話。二人の男と、自動車(クルマ)。走る男、直す男、自動車(ヤリス)。
彼女は週に何度もこの映画を見て、ヴィンテージもののディスクレコードも出てくるそばから買い集め(オタロードのオールドレコード店主は、この映画のレコードが入荷するとあぶくちゃんに届けに来るそうだ)、ポータブル端末にデータを移して、家でも店でも劇場でも出先でも……いつでもどこでも映画が見られるようにしているという。
どハマりの極致、もはや沼というのも生ぬるい無限のブラックホールに犬神家のように突っ込んだ彼女の姿勢は、さながらオタクの鑑のようだ、と店内や近隣からも称賛されている。
僕もあぶくちゃんと映画館に入り、時には貸し切り状態で、何度も何度も同じ映画を見て、軽い食事をとって、それから彼女のお店に向かった。
何か欲しいものはあるかと尋ねても、はぐらかさせたり、断られたりで、何一つプレゼントさせてもらえなかった。まあ、どうせ手渡したものを受け取ってもらったところで、彼女が僕に心や体を開いてはくれないだろうという、かなしい結論と確信を抱えたまま、僕はあぶくちゃんに指一本触れないまま、幸福な日々を過ごした。
僕があぶくちゃんとデートするようになった頃。サンガネも目当てだった現役軍人(救護班だそうだ)メイドのめぃめぃちゃんって子と一緒に出掛けることが増えたようだった。あの野郎は何気に顔たちも整っているし気が優しいから、女の子からすると安心出来るタイプなのかもしれない。僕と違って乱暴じゃないし、度を越したスケベでもない。
サンガネが本来行きつけだったのは、あぶくちゃんのお店Café de 鬼のすぐ近くにある雑居ビルの2階にあるレトロドールというオールドレコードカフェだった。
その日も彼はレトロドールに出掛けているようで、Café de 鬼で待っていたが昼過ぎになってもやって来なかった。やがてめぃめぃちゃんだけが「おはようございまーす」と出勤してきたので聞いて見ると、今日は一緒じゃなかったようだ。
仕方ない、呼びに行こうかと思ってレトロドールの前まで来ると、店のドアは固く閉ざされ明かりも消えている。だが、なんだか様子が変だ。
よく見ると、ビルの床とドアの隙間に細かなガラス片がある。それに、妙に空気が埃臭い。物盗りでも入ったのだろうか。物騒だな……と思って踵を返した、そのとき──


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