「ああ、ああああ、あわあああ……!!」
「総統ぉ……」
「熱い、熱ぃよぉ」
「助けて……助けてえ」
「あ、あ……見るな! こっちを見るなああああああああ!!」
巽参轟の下敷きになった生き残りが手を伸ばし助けを求める。内部にボイラーを抱えた巽参轟はボディがかなりの高温になっており、踏み潰された者たちの肉体はじわじわと高熱の鉄板と蒸気で焼け爛れるそばから溶けてゆき、その生ける屍のような姿で総統を見つめ手を伸ばす。
凝縮し質量を持った悪夢のような有様に、これまでろくすっぽ自ら戦ったことのない総統の精神は確実に追い詰められていった。
「来るな、来るな、こっちへ来るなあああああ!」
腰のホルスターから古めかしい拳銃を抜き取り、歯を食いしばって目を見開いて引き金を引く。が、ガチッガチッと虚しい音がするだけで銃弾は発射されない。
「うううう……総統……」
「撃たないでぇ……撃たないでよぉ……」
「……ぐ」
ひとり死んだ。のこりふたり。
「自分で撃ったタマの数も数えてられないような奴が、ハジキなんぞ持つんじゃねえよ」
前からは巨大化したマノ。後ろには下敷きのまま焼け爛れた戦闘員たち。
「びええええ、たずげで、だずげで、だずげでだずげだずげべえ」
「べ」
もうひとり死んだ。
「ああ……みんな、みんな死んじゃったよぅ……もう熱くない……痛くない……暗い。僕の右手、僕の右手どこに行ったの……僕の……」
ぜんぶ死んだ。
「残るはお前だけだ、さあ」
マノの巨大な手が総統を捕まえようと伸びて来る。へたり込み、小便も大便も漏らせるだけ漏らしながら、それでもズリズリと地面を尻で這いずりながら腰が抜けたまま逃げようとする。
「ひひ、ひひいいい、お前、どうなっても知らんぞ!」
「?」
「コ、コイツはなあ、まぁだ死んではおらんのよ!」
総統はへっぴり腰で立ち上がると巽参轟のほうによろよろと歩いて行って、何やらボディを弄っている。
死んだ手下の焼けた骸には目もくれず、ただ自分の身柄の可愛さに最後の手段に打って出ようというのであった。
「さあ、悪魔のスイッチを切ってみようか!!」
にひ。にひにひひひい!
甲高く薄気味の悪い声で引きつったまま笑う総統が、素手で湯気が立ち陽炎の踊る巽参轟のボディに開いた点検孔のような小さなフタを掴んで開いた。じう、と人肉の焼ける臭いが漂うがお構いなしだ。
「アカン。あらボイラの安全弁とちゃいまっか!」
「あいつ、吹かすつもりや!!」
「あんなボイラ吹いたら……」
言い終わらないうちに、もはや痛みも熱さもわからなくなった総統が自分の右手を焼きながら点検孔から細長い部品を引っこ抜き、続いて頭からその中へ突っ込んで何かを
ばつん!
と外した。
その瞬間。巽参轟はにわかに立ち上がり、凹んでいた顔を前よりも飛び出させながら
ピーーイィィィィーーッ!
と鳴き声をあげる。点検孔からは真っ白い蒸気が猛烈な勢いで噴き出し、あっという間に総統の体を蒸し焼きにして吹き飛ばした。
「安全弁に細工してあったんや」
「本来なら噴き出さして逃がすはずの蒸気を駆動部に回して最後にひと暴れさせようっちゅうわけやな」
あまりの熱で真っ赤になった巽参轟が猛スピードで動き始めた。はじめの一歩を踏み出せば、そのひと足が道となり、そのひと足が道となる。巽参轟の向かう道の先には……ボクたちが居た。
「むっ、いかん! あぶくちゃん!!」
みんな居るのに、いの一番に出る名前が彼女なところがマノらしい。
「わあーっ!」
「こっちに来よるで!」
ボクたちは命からがら戻って来たミロクちゃんの手当てのために、この場を動くことが出来なかった。そもそもカマボコ板の電波の都合で他の人達よりも遠くへ逃げられなかったのだが、それはボクひとりの勝手だ。だけど、気が付けばこんなに大勢でマノを応援していた。そして、そんなボクたちと巽参轟の間には、もうひとり。
「ねえ、あの大きい人も危ないわよ!」
総統の弾丸と戦闘員の凶刃を浴びた舎利寺が、大量の血だまりの中に倒れ伏している。
そこに向かってゆこうとする巽参轟に向かってマノが再び飛び上がり、左足で顔面を上から蹴り込んだ。元より壊れかかっていた顔の部分は、この一撃で完全に破壊され僅かなパイプやケーブル、外板だけで繋がっている状態になった。
しかしそんなこともお構いなしに、全身のスキマや破壊されて空いた穴からばすんばすんばほばほ、と蒸気を噴き出し、残り僅かなエネルギーを駆使した巽参轟が死にながら暴走を続ける。
上ずった動力で制御が利かず、フルパワーで過熱した短い手足を振り回す。体のすぐ横をかすめるだけで火傷しそうな空気が陽炎を纏って流れてゆく。
真っ赤を通り越して橙色に光り始めた巽参轟。このままでは……!


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