#不思議系小説 第150回「アーリーサマー在処」

 梅雨と真夏とあいだ。薄暗く陰鬱な曇天と青空のカケラが混じり合う、ここは遠く坂道の多い田舎街。いま午前10時37分。ずっと会いたかった、君に会いに来た。クルマを降りたら暑いというより、湿っぽかった。

 真新しい片側三車線の高速道路を降りて、バイパスを北へ北へ。暗い雲をまとって黙り込む遥かな稜線を目指してクルマを走らせる。街の向こうに広がる、雲の切れ目から真っ直ぐに夏らしく白っぽい光の差す海が後ろ窓に遠ざかる。

 その地域独特のホームセンターの、田舎らしく広く空いている駐車場の片隅に滑り込み、エンジンをかけたまま少し目を閉じる。さっきまでの曇り空が少しずつ明るく、晴れてきてしまい……運転席側の窓から陽射しが降り注いで右腕だけじりじりと暑い。カーエアコンは陽射しに無力。

 今朝早くに自宅を出て、見慣れた街を走り抜けてから僅か数時間。昼前にはもう、見知らぬ道を通って、街の見知らぬ店の片隅にいる。このテレポーテーションでもしたかのような感覚がたまらない。暇とお金と乗り物があればトリップするのは簡単で合法。

 エンジンの振動と、窓の外を時折ヨチヨチ歩いてゆく見知らぬ老人。そして車道を走ってくクルマやトラックたち。誰も僕がここにいることなんて知らないし、ここにいる僕が誰なのかも知らない。この街に住んでて、僕を待っててくれるひと以外は。

 コキン。
 と音がして君からの連絡が告げられた。今から家を出る、と書いてある。この店から道路を跨いですぐだが、その跨ぐにあたっての交差点や歩道橋までが遠い。かと言って、他に停めてられるような場所もないし、彼女の家のそばは道が狭くて路駐など以ての外。
 そもそも僕は彼女の家を知らない。この上り坂に広がる色とりどりの壁と屋根と窓の群れの、そのどれか一つがそうなのだろう。

 暑いしお店の中に居るよー、気を付けて来てね
 と返事をして、エンジンを切ってクルマを降りた。湿っぽく蒸し暑い、だけど濃密な木立の息吹を感じる空気が広がって、そこに入口ヨコに設置された軽食コーナーのブースから漂うタコ焼きや焼きそばの匂いが混じり合っている。
 自販機が並ぶ通路に、色褪せたインスタントカメラのロゴが入った樹脂製ロングベンチが申し訳程度に置かれていて、そこに2歳くらいの小さな男の子が座って、若いお母さんに買ってもらったであろうソフトクリームを食べさせてもらっている。

 口の周りはすでにベトベト、鼻の頭にも白いクリームが付いている。それにも構わず一心不乱に、お母さんの持つソフトクリームに舐めついている。溶けたクリームがコーンのフチを伝って、お母さんの白く瑞々しい素肌に垂れて、またべとついている。

 悪くない。

 園芸コーナーを通り抜けて自動ドアをくぐると、ひんやりと乾いた空気と、ひんやりと乾いた「いらっしゃいませぇー」の声が僕を出迎えた。ホームセンター特有の、金気とプラスチック製品と芳香剤か何かのまざった匂いが不思議と懐かしい。

 なにともなく店の中を見て回る。どこのホームセンターも基本的には似たようなものが並んでいる。けど、やっぱり少しずつ違ってて面白い。三叉になった庭用ホース、通常より長く伸びた電灯カバー、紫カラメルのシロップを溜めておく三角ボトル、小羊印のフラスコとホースのついた水タバコ、蜂の巣みたいな形の多孔式扇風機、郵便ポストつき冷蔵庫、1分でカツ丼が作れる山本式クッカーアプリ。

 蛇口売り場に差し掛かると、古今東西さまざまな蛇口がずらりと天井まで並んでいる。ゆっくり、ゆっっくり歩いて蛇口の群れの中をゆく。風車のように並ぶ蛇口たちが一斉バルブを左に回し始めた。僕は出もしない水に溺れそうで少し足を早める。蛇口売り場を抜けて、君の待つ正面入口まで向かう数秒が果てしなく長い。

 足どりが鈍くなり、爪先が冷たい。服がまるで石のように重たい。
 膝から肩へ、出ても居ない水が満ちてく。
 見知らぬ街の見知らぬ店の、見知らぬ蛇口コーナーの通路で僕は……。

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