不思議な木の実をぶら下げた、眠れぬ街の摩天楼。
星空も三日月も見上げることなく、首吊り坂の病院前バス停に定時到着。
赤いバスに乗って雲の上まで。タイヤもディーゼルも要らない、ただ座っていれば何処にでも行ける。
窓にうつる顔は誰の顔?
座っているのは確かに俺だが、見つめる俺は誰だろう?
降り積もって圧縮されて隆起した岩のように冷たく黙り込んだ脳から、心から、不規則に剥がれてはキラキラ光る記憶の断面はDiallage.
真っ暗な車窓に浮かび上がり、ぼんやり白く光るカメレオンの顔。
廃屋になったまま放置されて半世紀、今や遺跡のようなドライブイン。かつての賑わい、その記憶が小さな羽虫になって飛んで行くのを捕まえて食べるカメレオン。
夜空を飛ぶクラゲ、光る街を見下ろして、ちかちか輝くネオンとヘッドライト、テールライト、地上に瞬く星たちを縫うように飛ぶクラゲ。
記憶の中で生きてる、古びた街並み。濃霧が包んだ長い年月を、手探りで歩き続けて辿り着いたのは、とっくに潰れたレンタルショップ。分厚い自動ドアが無残に割れて崩れていたから、店の中には容易く這入れた。有線放送も、無料会員登録キャンペーンのお知らせも、商品をお探しのお客様をお呼び出し申し上げるアナウンスも途絶えた筈の店内に響き渡るミントなノイズと不協和音。
見たことも聞いたこともない文字列で題名の描かれたパッケージの群れの中から、お目当てのビデオカセットを探す。磁気テープに音声と映像を記録した、ふた昔前の最先端メディア。赤白黄色、黒、黒、黄色、黄色黒白、緑にブルーに黒、黒、黒。
色とりどりのカセットを取っては投げて探し続ける。古く、無名の映画を探し続ける。
時代遅れのロックスター、周回遅れのレコードメディア、潰れて久しいお店の片隅で埃を被ったビデオカセットがお誂え向きに放置され、僕の指が触れるそばから崩れて砕けて散らばってゆく。劣化したプラスチック、ひび割れた磁気テープ、色褪せたパッケージ、もう読めないサブタイトル。
言い訳を集めて厚し面の皮、いつまでも同じ場所で足踏みをしているつもりが、時の流れに足を取られて、同じ事を繰り返すことすら青息吐息になっている。
身の丈、という言葉で自分を鎖につないで家畜と人間の中庸を気取る身の丈ウロス。ウシなのかヒトなのか、お前が決めろと他人に押し付け、委ねた筈の答えがお気に召さないとモー大変。
陰謀論、集めて囃しYouTube。川の流れのように浴び続け揺蕩い続ける情報の水面に身を沈め、インターネット入水自殺。死ぬのは己の心ばかりなり。
暗闇の中に沈んでゆく明かりの灯った四角い小部屋。
中でマイクを握り締めて明るく喋り続けているのは泣き顔すら美しいラストサパーダレカさん。何もかもさらけ出して喋り続けて来た彼女が、誰にも言わずエガオノママデ。
最後の最後に流した涙が、青い青い空の雫になって伝ってゆく白い白いmasquerade.
夕暮れ時の下町を走り抜ける小さな電車、四角い電車。2両編成でがったん進むよ東武亀戸線。ギッシリ乗ってる生まれつき、体のない、恐るべき子供たち。
電気を消しても記憶が消えない焼き付いた残像が色濃く浮かぶ暗闇の空に。
ねじを巻いたら動き出す目覚まし時計の長針も短針も秒針も私をなじると人間不信。
共有させられ尽くした幻滅世界に漂い続ける、よその家の玄関みたいな、ケツの座りの悪いにおい。
青く塗れ青く塗れ幸福の色は、限りなく透明に近くない藍より出でて藍より青い青い青い夜明け前の空の色。青く塗れ青く塗れ、空の色がうつるアスファルトが雨に濡れ乾いてくときの、居心地が悪くてワクワクしてしまうにおい。
ほら、こんなに散らばってしまったよ。
不規則に砕け散ったDiallageの断面にうつる記憶の欠片たち。


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