青い手すりの中央が手垢で黒ずんだエスカレーターに乗って地上に出ると、昼下がりの曇り空の下に広がる駅直結のバスターミナルだった。
昭和も昭和、それも昭和も半ばじゃ近代的だった駅直結型のロータリー形式ですらなく、行き先ごとのバスレーンに1から順番に番号が振ってあって、そこに紺色の制服と揃いの帽子、白い手袋、白い仮面、真っ赤なブーツの男性と思しき係員が紅白の旗とホイッスルで来たバスを誘導し振り分けている。ホイッスルは仮面の下で咥えているのか、仮面の口んとこに仕込まれているのか。バスが頭を振ってケツを向けるとピリビリビャーッ! と甲高い音を立てて笛を吹く。
1番のりば、2番のりば、3番、4番、5と8分の3番のりば、60.37番のりば、「贋作の油絵に真実の花」のりば、と来て、僕の並んだバス乗り場のパネルにはGattacaと書かれている。土星にでも向かうのだろうか。いや違う、一つ隣だ。僕の乗り場は、僕の乗り場は……僕のバスは……プリズマムルチミステラー(善)。そういう乗り場。
まるで茹でこぼしたほうれん草みたいな色のボディに熟れすぎたオレンジみたいな濃い橙色の太いラインの入った、逆・湘南カラーのバスが来た。コレが僕の乗るバスか。
どんよりとした空と、湿ったコンクリートの建物ばかりの、灰色がちな景色の中を力づくで彩るミステラーバス(善)がディーゼルエンジンを唸らせ、大きなタイヤをゴロンゴロンと回しながら走り始めた。行き先を訪ねる事にも疲れ果て、僕は粗末な座席に身を委ねて窓の外をぼうっと見ていた。退屈で軽薄で憂鬱な街並みは何処までも何処かと似たような景色で、ガソリンスタンドとドラッグストアと中古車ディーラーとサラ金、ファミレス、100円ショップ。
まるで田舎で生まれ育ち、なんの個性も面白みも持たないまま人生を終えようとしている男が見た走馬灯を箱庭にしたような風景のなかを走り続けたバスが、やがて崖の上にぽつんと残った終着点に辿り着いたころには、どんよりした雲も晴れてきて、金色に輝く夕暮れ時の渚が眼下に広がって、その前に巨大な四角い影になって聳え立つ廃墟の温泉ホテルが、そこだけ切り取って塗り潰したように見えた。
バス停の目の前は鬱蒼と茂った森林公園の入り口だったが案内も看板も何もなく、僕の他にバスを降りる人もなく、いつの間にか運転席まで空っぽで、あの夕空に呆然と立ち尽くす巨大廃墟に向かって歩いて行くしかないのだろう。と、何の根拠も考えも無く、なんとなく足を進めた。
舗装も手入れもされていない、荒れ放題の遊歩道を延々とゆく。陽射しが顔に刺さってじりじりと不快な熱をまとわりつかせる。片目をつぶって顔をかしげて睨むように前を向いて、草いきれに埋もれかかりながら、曲がりくねった道を真っすぐに歩き続けると、急に開けた視界の先50メートルほどのところに、あの廃墟があった。
枯れてひび割れた噴水を囲むロータリー。半分崩れた玄関のポーチ。殆ど消えかかった名前と屋号を目にして、僕は不意に脳の奥がむずむずするような感触を覚えた。
ひどく不快でスッキリしないそれを、ひとは「心当たり」と呼ぶのだ。
ずっと昔、僕はここに来たことがある。まだ元気だった祖父母と一緒に。
粉々に割れたガラス戸の破片が散らばるフロントを通り抜け、埃っぽくカビ臭い空気を吸い過ぎないようにと思いながら、ロビー奥に併設された展望レストランの跡地に立つ。
往時には宿泊客や岬を訪れる観光客で賑わったであろう、海の見えるダイニング。藤で編んだガラス張りのテーブル、深いワインレッドのソファ、山村紅葉なら何人か殺せそうな分厚い大理石の灰皿、海底のような青色をしたふかふかの絨毯。ぜんぶ今は昔。
静寂だけ盛りつけた空っぽのReserved.
大きな窓に面した二人掛けの席にドカっと腰を下ろす。さぞかし埃が立つかと思いきや案外そうでもなく、ただカビ臭い空気だけが攪拌されて鼻につく。
汚れて曇った窓ガラスもそのままに、今まさに今日という日を燃やし尽くし沈んでゆこうとする太陽が猛烈に赤みを帯びてゆくのをぼんやり眺めていると、眼下に広がる黄金の大海原にぽつんと浮かぶ小さな島と、そこから生えてきたように立つ塔が見える。
島に船着き場らしきものも民家や建物も見えず、ただ生い茂った木々があるだけだ。それだけに、南の突端から聳え立つ白い塔だけが異様な雰囲気を醸し出していた。
その塔は壁面が全てガラス張りになっていて、中は延々と続く階段であるらしい。と、その白い階段を昇り続ける人影を見つけて、思わず袖を掴んで窓ガラスの汚れを拭った僕が、窓の向こうの白い塔の、真っ白な階段を登り続けている。
窓の中を登って、消えて、また登って、消える。そうして塔の頂上を目指して延々と登ってゆく僕はやがて、いま僕が居るこの場所に向かって来るのだろう。
聳え立つ高層マンション群や、古臭い駅地下を駆け抜け、退屈な街をバスに乗って、この海が見える廃墟のダイニングに辿り着き、僕と巡り合った僕は、僕に一体どんな言葉をかけるのだろう。
僕は僕と一体どんな話をするのだろう。
待ってるよ。あの階段を今まさに登り切ろうとしている僕のことを。
待ってるよ。祖父母と最後に訪れた旅行先の、この思い出のホテルのダイニングで。
やって来るのは確かに僕だが、待ってる僕は誰だろう?
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