43.

 オーサカ湾を臨む此花区の突端に広がるGPACの、その面積の大半を占める水族館と遊園地の複合施設UWTBに向かって伸びるタイル敷きの遊歩道が、べたつく潮風とぎらつく陽射しを浴びながら続いている。

 元気なオーサカ! 夢と未来とワクワクいっぱいのくに!
 オーサカを元気にしたい! そんな気持ちが回ってます
 宇宙からワクワク、ドキドキを持って来ました!
 開かれたオーサカは誰にでも、いとしさとやさしさと心強さと。

 目の滑るようなフレーズの躍る意識が高くてヴィヴィッドのきついポスターがそこいら中に貼られている。その真ん中でこちらを見据えて眩しい笑顔や白い歯、また力強い眼差しを見せているプラチナブロンドの男。これがかつてマノを鍛え、無敵の宇宙兵器を作り出した男であり、環オーサカ文化粛清軍此花区駐屯部隊UWTBの最高司令官、そして楽しい遊園地の宇宙から来た支配人。ヴィック・クリス大佐だ。
「……」
 尋常じゃない数のポスターに囲まれて、マノは気分が落ち着かないようだ。だけど
「おいマノ、あれがウワサの人魚姫か」
 舎利寺の指さしたポスターには、クリスだけじゃなく見覚えのない女の子が写っていた。
目の覚めるようなエメラルドブルーのつやつやした髪が腰まで伸びて、目鼻立ちがくっきりとした彫りの深い南国系の顔をした美少女だが、人間の耳がある辺りには背鰭のような形の器官がついており、首筋にも鰓がある。体つきはムチムチと肉感的で、形のよいボリューミーなバストは強調せずとも主張して来る。顔や体の肌の一部が頭髪と同じエメラルドブルーの鱗になっているが、ただ単にそういうメイクをしているようにも見える。つんとしたオトガイに肉厚の唇が乗って、上がった口角の端にえくぼがある。
たるんとした脇腹の肉がむにっと左右にはみ出し、縦長のアーモンド状になったオヘソの辺りから下が優雅にくねる魚類のそれで、顔や肌と同じ鱗が尾鰭までの体表を覆っている。なるほど人気が出るわけだ。

「へえ、可愛いね」
「おっ、サンガネさんよ。アンタもピンと来たかい」
 その舎利寺の言葉にピンと来た人が血相を変えて振り向き
「も、ってなんですの!? も、って……!」
 と舎利寺の胸倉を掴んでぐらぐら揺する。だが舎利寺は言い訳をするでもなく、黙って隣を指さした。壁に貼られた人魚姫のポスターをしげしげ見ながら、ほお、とか、ははあ、とか感嘆の声を漏らすマノの姿を見て、今度はあぶくちゃんが小さな声で「なによ」とスネた。

「マノ、そんなに見てどうしたの。よっぽど気に入ったの?」
「いや、この子どうやって呼吸してるのかなって」
「人魚だから鰓呼吸じゃないの?」
「だよな。てことは、陸に上がってるとき、どうしてるのかな」
「うーーん……人魚族って言うぐらいだし、基本的には海の中に居るんじゃないかなあ」
「そっか。じゃあ別に、そこいらを出歩いたり肺呼吸をしたりするわけじゃないのか」
「ま、水族館に居るってんだからナ。陸の上をピチピチ歩いたりはしないんだろ」

「姫様! アマタノフカシサザレヒメ様~~!」

「サンガネ、誰か叫んでるぞ」
「姫~~!!」
「なんだあれは!?」
「イソギンチャクだ、イソギンチャクが走って来る!」
「おいおい舎利寺、寝惚けてるのか……?」
「マノ、ホントだって。走るイソギンチャクだよ!」
「サンガネまで何を……!?」

「ひ、ひ、姫ぇ~……全く、何処へ行ってしまわれたのですか!」

 マノたちの前にドテドテと短い手足を振り回すように走り込んで来たのは紛れもなくイソギンチャク……と人間の中間みたいな生物だった。真っ白な触手がドレッドヘアーのように垂れ下がり、頭頂部にはちょこんと黒いハットが乗っている。イソギンチャクの胴体に当たる部分に目、鼻、口がついていて、ご丁寧に鼻の下に立派な白髭まで生やしている。太くふさふさした白い眉が愁いを秘めた優しい垂れ目を覆い、立派な鷲鼻と微笑みを湛えた口元が心根の穏やかさを物語る。

「おお、お客様ですかな。姫を見かけませんでしたか」
「いや、ボクたち今ちょうど来たところで……人魚のお姫様に会いに来たんです」
「姫様、居ないのかい?」
 マノがちょっと心配そうな声でイソギンチャクの老人に話しかけた。
「お見苦しいところをお見せいたしまして……こほん。ようこそおいでくださいました。ワタクシめはアマタノフカシサザレヒメのお世話係をしております。イソガイキンジロウと申します」
「やっぱりイソギンチャクだ」
「ワタクシめの家系は、代々アマタノフカシ一族のお世話係として、人魚族と共に生きてまいりました。今は故あって当水族館で働いておるので御座いますが、何しろお転婆な姫様でして。気が向けばふらっと居なくなってしまうのです。クラーケンにも追われているというのに」

「クラーケンったら、あのデッカイ怪物だろう? 海の魔王とか、悪魔のダイオウイカとか言う」
「左様で御座います。お詳しいと思いますれば、おお、貴方は海坊主の一族ですかな?」
「違うわい! クラーケンならニンゲンの世界でも有名ってだけだ」
 海坊主呼ばわりされた舎利寺がつるつるの頭を少し赤くして反論するのを見て
「おい舎利寺、それじゃタコ坊主だぞ」
 とマノが混ぜっ返す。
「アンタ、初対面の時もオレをタコ坊主と呼んだナ。そういうことを言うとだナ……」
「まあまあ。それで、お姫様は今どこに?」
「いやあ……さっぱりわからないのです。面目御座いません」
「お姫様が居そうなところは、何処なの?」
 アテにならない男性陣をみかねたあぶくちゃんが助け舟を出す。
「うーーん、今までは遊園地で木馬に乗っていらしたり、チケット売り場でお客様とおしゃべりをしたり、お土産コーナーで試食のイカ焼きを食べたりしておられたのですが」
「人魚姫が海産物、食うのか」
「ええ。姫様はイカやタコが大好物で……」
 タコというたびにみんなが舎利寺をチラチラ見るので、舎利寺は困ったような顔をして続けた。
「で、今日に限ってその何処にも居ない。と」
「ええ……」
「案外その辺でお買い物でもしてたりして!」
 ミロクちゃんが明るく言ってみたが、イソガイの白い眉は気の毒なほど垂れ下がったままだ。

「マノ。どうせお姫様に会いに来たんだし、一緒に探してあげましょうよ。これじゃキマリが悪くって遊んでたって楽しくないわよ。ね!」
「あぶくちゃん、いいの?」
「仕方ないでしょ、あたしたちだって折角来たんだから楽しみたいじゃない」
「そうね。でも舎利寺さん、貴方は私だけを見ていてくださる?」
「はい」

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