第43回「伽藍洞の水の底から」

あたしは暗い水に
侵されて沈んでいく
いつも頭の中で笑う
あなたが眩しくて
あたしが暗い水に
侵されて沈むときも
屈託のない瞳で笑う
あなたは眩しくて

だけど違う未来を信じて
必要とされないと
知りながらも
手を伸ばして
もっと他の未来を望んで
必要とされたいと
思いながらも
手を伸ばせず

あたしは生温い幸せに
毒されて腐りゆく
あなたが輝くのを
あたしが生温い幸せを
手に入れて作り笑い
あなたは輝いてる

その結末を想って
振り切ってしまいたい
抱えたまま
足を踏みしめ
その結末を知って
振りほどいてしまった
抱えきれずに
足踏みを続ける

焼けついた心の
虚しい影の中を
這い回る地下鉄
崩れてゆく暗い
暗い水の底まで
あたしは溶けて

あなたは無言で答えを
いつも出している
あたしが気付かずとも
あなたの無言の答えは
いつも出ていた
あたしは気付きたくなくって
その曖昧を恨んで
生きてゆけたらいい
もがいたまま
手を伸ばせず
それでも最後に
指先だけでも最後に

焦げ付いた過去
腐った泥の中を
切り裂く地下鉄
窓の外は今日も
暗い暗い水の底
あたしは溶けて

 あたしは、溶けて
 ごお、と音がする。目を閉じて深呼吸をすると頭の中に血が廻る
 母が隣の部屋に移って来てからというもの、夜中まで物音を立てて何かゴトゴト動かしているので喧しくてかなわない。家に常にヒトが居る、ということは、こんなにストレスになるとは思わなかった
 あたしは小学生の頃、不登校になった
 それはあの教室という孤独の蟲毒のような場所に耐えられなくて、部屋に常にヒトがいる、という状況に耐えられなかったのだと今更わかった
 あの頃の自分も、今の自分も、望んでいるのはただひとつ
 伽藍洞でひとりぼっち

 暗い水の底、光ですら進みゆくことを躊躇うような、暗い暗い水の底で
 溶けてしまっていられたら、さぞかし楽だろう
 何も考えず、何も作らず、ただ嫌なことや辛かったことを思い出して安堵のため息を漏らし、それが壁や天井や換気扇や金網に跳ね返って水面を少し揺らせばいい

 母の物音に耐えられなくなって、また怒鳴ろうとして躊躇って
 平気で喧しくする奴と、それに耐えて耐えて最後には爆発する奴だと、後者の方がうるさい! と言われる。それが、私が小学校で学んだことだった
 誰かのために優しく生きろ、とは言われても、誰かのせいで傷つくな、とは言われない。だけど実際は、優しく生きることはその分、誰かのせいで傷ついて生きること
 傷を傷とも思わずに、それは傷だと気付かされずに、喧しい奴等のために大人しい誰かが今日も明日も傷を増やしてく

 それは超高層ビルの地下に掘られた洞窟仕様の浄化槽。洒落た庭園と階段に噴水、水路で彩る豊かで文化的な生活を印象付けるためにわざわざ壁を硬化ガラスにして中を見せてる
 糞まみれの暮らしを見せつけて、自分の暮らしを安堵する
 僕の好きな伽藍洞はいつも、誰かが比べて安心するために作られたヘイヴン仕様の吹き溜まり

 あたしの暮らしは伽藍洞の水の底
 僕の好きな伽藍洞は洞窟仕様の浄化槽
 それぞれの暮らしが、それぞれ誰かと比べるための見世物じみた不幸芝居。誰も幸せになってはいけない、不幸と不運と不公平と不平等、理不尽と不条理だけを共有し続けるための吹き溜まり
 教室の中で出会って、教室の外へ巣立ったまま、いつも誰かの視線があっていつも誰かが聞き耳を立てる
 共有され拡散され続ける理想郷は伽藍洞の水の底から浮き上がるあぶくの中
 
 気温が上がり始めた。日が昇り朝が来て、空がいつも通り青くなっても街に出る人がまばらで
超高層ビルの谷間に埋もれるような交差点を
やせっぽちのおじいちゃんがひとり、よちよち歩く
みんな伽藍洞の水の底で今は不平等な夢の中
暗い暗い水の底で
あたしは溶けてく
伽藍洞の水の底で

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ダイナマイト・キッド
ダイナマイト・キッドです。 プロレス、格闘技、漫画、映画、ラジオ、特撮が好きな33歳肥満児です。 深夜の馬鹿力に投稿中。たまーに読んでもらえてます。 本名の佐野和哉名義でのデビュー作 「タクシー運転手のヨシダさん」 を含む宝島社文庫『廃墟の怖い話』 発売中です。 普段はアルファポリス          https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/376432056 小説家になろう                   https://mypage.syosetu.com/912998/ などに投稿中。 エッセイ、怪談そのほか文章のお仕事もお待ちしております。 kazuya18@hotmail.co.jp までお気軽にお問い合わせ下さいませ
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