手術は無事、成功した。
舎利寺の全身に及ぶダメージは相当なものだったが、おそらく内臓機能にも改造が施されているのか、はたまた生まれつき異様にタフなのか回復が早く、刺し傷や擦過傷の傷口は放っておいても治ってしまった。激突の衝撃や超低温による凍結で破損した左腕には以前の数倍の怪力を誇るパワー特化のアームを。右腕には様々なアタッチメントを装着できる万能アームを取り付けておいた。普段は彼の体躯に見合った義手を付けてある。
背中のバーニアは土台からして古過ぎたので取り外して、代わりに肩甲骨から上腕にかけて折り畳み式の特殊な軽量骨格に極薄の浮遊被膜をまとわせたボクの特製ウィングを格納しておいた。ピンチになったらコイツで羽ばたいてしまえるし、風を捕まえればバーニアに負けない速度も出せる。熱エネルギーに比べて制御しやすいのも魅力だ。
そのほか循環器や人工筋肉、関節、皮膚は桃谷の店主たちが用意してくれたものを使って繋ぎ合わせ、組み上げていった。驚いたのは、これほど精密かつ古き良き技術を詰め込んだ傑作パーツが、あれほど退廃文化粛清を叫ぶオーサカ文化粛清軍の内部……それも一つの区域内とはいえ上位のポジションで活動する人物に組み込まれていたことだ。
恐らくは、あの総統と呼ばれていた小男が自分の用心棒として傍に置いて、そのうえで暴れさせて居たのだろう。一心会にしてみても、末端の徒党の一人ひとりまで把握しきれていないのかもしれない。
ミロクちゃんは輸血をしたあと、マノと同じく店の奥の居間で休んでいるようだった。本当は横になって貰いたかったが、寝具のある部屋でマノといっしょにしたら何があるかわからない。だから申し訳ないけれど、リクライニングのソファにしてもらった。
マノはマノで、あれだけ疲れ切っていれば普通ならしばらく起き上がることすら出来ないだろうけど……美人がすぐそばにいるとハナシが違ってくるから油断ならない。自室のベッド(ボクの部屋でもある……というか彼がボクの部屋に転がり込んできたのだけれど)で引っ繰り返って死んだように眠っていた。はず。
手術が終了し、一息ついていると廊下から話し声が聞こえる。ミロクちゃんが目覚めたのかと思いきやマノの声まで。二人とも起きてたんだ……とドアを開けると廊下には濃密なカルダモンやナツメグといったスパイスに甘ったるいバニラ、ほんの少しミントが絶妙に混じり合った芳香が漂っている。部屋を開けてみると、もぬけの殻。じゃあ居間の方か、と向かってみると、そこには元気にシーシャを嗜むマノと、その傍らで不安そうに俯くミロクちゃんの姿が。
「サンガネ、終わったか」
「サンガネさん、本当に何から何までありがとうございます……ここで待ってれば、サンガネさんにお任せすれば大丈夫だからって。マノさんや博士も言ってくれて。お待ちしてたんです。それで、舎利寺さんは……!?」
どうせ遅かれ早かれ話さなくちゃならない。手術こそ終わったけれど……。
「手術は、無事に終了したよ。壊れた部分や古い装備は取り換えたし、特に両腕のパーツにはボクの特製品を取り付けた!」
「ほんとですか!? サンガネさんって凄い人だったんですね!」
「いや、まあ……ははは」
わざと明るい口調と身振り手振りを交えて話しながら曖昧な笑顔を浮かべるボクに、真顔になったマノの視線と、ソリッドな声が突き刺さる。
「で、舎利寺は起き上がれるのか……?」
「やっぱりわかってたんだね」
吸い終わったシーシャをミロクちゃんに預けて、体を伸ばしながらマノが言う。
「派手にぶっ壊したからな。あれだけやった上に自爆だ、そう簡単には起き上がれないだろう」
ミロクちゃんが炭を火消し用の小さな壺に入れたり、ホースを外したりしながら聞き耳を立てている。ボトルの中の水を捨てて、ステム、ホースと一緒に手際よく水洗いし、部屋の隅に置かれた木箱の上に並べて干して……そこで我慢出来ず思いつめたように振り返って
「でっ、でも、手術は終わったんですよね。大丈夫なんですよね」
とすがるようにボクを見るミロクちゃんの瞳が、みるみるうちにうるんで来た。
「し、心配ない。生体機能は維持出来ている。彼は生きているよ」
「でも……?」
「その、どうしても、目が覚めないんだ。多分あまりにダメージが深いから、回復に時間がかかってるんだと思う。外見は問題ないけれど、内臓や神経をやられているかも知れない」
「……よし」
「あっ、マノ」
おもむろに立ち上がったマノをボクたちも慌てて後を追う。ミロクちゃんはすっかり涙目だ。
ラボのドアを開け放ったマノは眠り続ける舎利寺のそばまでツカツカと歩いて行って、彼に向かって両手をかざし、意識を集中し始めた。
すると間もなく、何処からかヒューーン……と音が響くと共に、濃いオレンジ色の火花がマノの背中の辺りから湧き上がり、それが両手に集まって青白い光に変わり、まるで線香花火のように、パチパチと爆ぜながら青い炎の雫が膨れてゆく。やがてゆらゆらと揺れながらスパークする青い閃光は不意にマノの手から落ちて、舎利寺の額の上でポチョンとエコーのかかった音をたてて弾けて消えた。
「Open Your Eyes」
マノがひと言そういうと、舎利寺の青白い素肌に少しずつ明るさが増してきた。低く浅かった呼吸が深くなり、フムと呼気が漏れる。そして──
「む……ココは……? オレは、どうしたんだ」
「舎利寺さあん!!」
ボクたちが何か答えるよりも先に、堰を切ったように涙を流しながらミロクちゃんが舎利寺に抱き着いた。わんわん声をあげて泣きじゃくるミロクちゃんを見て、茫然としながらも舎利寺は彼女を優しく抱きしめ、大きな掌で背中をぽんぽんと叩いて答えた。
「そういうことだ」
やれやれ、と言った顔のマノが舎利寺に言う。
「そうか。お前のおかげだな、アイツはどうした」
「すっかりガラクタになったぜ。お前のおかげだよ」
「なぜオレを助けた」
「友達のためだ」
「……!」
「あいにく僕は耳がいいんでね」
舎利寺の青白い人工皮膚が真っ赤になっている。怒っているのではなく、どうやら恥ずかしいらしい。
「君を友達と見込んで頼みがある。僕たちといっしょに戦ってくれ」
「マノ……!?」
「サンガネ、いま僕たちに必要なのは何より仲間だ。それに……僕と舎利寺は友達だからな」
「ともだち……」
「そうだ。今日から僕らは、ともだちだ」
舎利寺は顔だけじゃなく、いかつい顔のクリっとした目玉も真っ赤にして何度も頷いた。そしてミロクちゃんは、暫く彼の胸から離れようとしなかった。
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