墓碑銘の群れのように、灰色の霧の中へ沈み込んだ沈黙の街を包み込む赤い空を這いまわる黒く巨大なムカデ。
黒く太い体節に黄色い足が生えていて、節くれだった硬そうな関節たちが音も無く気味悪いほどスムーズに動く。頭部には同じく黄色い触角が一対伸びて神経質に辺りを伺いしゅるしゅる回る。
黒いムカデが赤い空を這う。
感情の掃きだめから見上げた空は狂った赤い色をしていた。
そいつがどんなに身勝手で、毛先ほどの真偽の保証もない奴だと知って居ながら、好き勝手な言動を野放しにしている間も、雫になった赤い空が足元に溜まって泥濘化する。
自分の言いたいことだけを言って、プライドを捨てることすら出来ずに去っていった。金でも助けでも欲しければ、何か差し出せるものを示すか、素直に言えばいいものを。
そうやって誰かのせいにして、生きづらいまま何処へ行こうと言うのか。
何処まで逃げても狂った空は赤いまま。
このまま、今夜このまま眠ったまんま、翌朝までに死んでねえかな。
そんなことをフト考えている時は心が腹ペコなので甘いものを食べる。そんなもので持ち直し笑顔で元気になれるような人生なら、こんなに苦い毎日じゃないだろうに。
笑顔で元気な奴等がみんな甘い人生だとは言わないが、自分で辛酸も苦汁も舐めずに他人に笑顔や元気を与えたいと言いつつ甘い汁を吸いたがる奴に飲ませたいのは煮え湯だけだ。
聞きもせず知りもせず嫌っているのは不公平だろう、と。物は試し、と聞いてみて触れてみたものが「やっぱりダメーー!」だった時の確証を得たものの振り上げる拳からヘナヘナと力が抜けてゆく感覚。とても損な性格をしているね、と、ほどけた拳から皮肉をぶつけられる気分。
赤い空の下を、今日も僕はトボトボ歩く。
見上げても俯いても空の赤いのは変わらないのに、何かが変わる、いつかは変わると思っている。変わればきっと大丈夫、変わらないから今は辛いんだと、ずっと変わることに逃げて生きてきたのに。
何処まで逃げても狂った空は赤いまま。
冷たい風、ささやかな後悔、憂鬱に包まれた明日の薄く塩辛い皮膚を軽く裂いてにじみ出た血液よりも赤い空。
水の無い星に落ちたような、雪解けの無い冬のような、乾いた寒さに凍えたまま捨てられた心を探している。
水の無い星より愛をこめて、故郷は地球、空を真っ赤に染める無限の赤血球。
折り重なった屍体(からだ)さえ、髪も瞳も唇も、肩も胸も手のひらも失わずに生きた証を遺しているのに。もう一度立ち上がって愛し合って生きてゆくだけの、春を待ち夏を乗り切り秋を迎え冬に眠るだけの力など、何処にも残っていないまま。
赤い空の下を俯いて歩く。誰かに返事をしなきゃ、と怯えて、不安で、苛まれて生きてゆく。真っ赤な空が呼んでいる。誰より大きく何より強く、響く。
空飛ぶ円盤、見えない円盤、牧場で草を食んでいるだけの乳牛だって連れて行ってくれるのに。僕の事は放っておいてくれる。おかげでまだ僕は、故郷の地球で憂鬱の雨に打たれている。空が無ければ雲も無く、雲が無ければ雨も無く、雨が無ければ心も濡れず、心が無ければ故郷も無い。
空飛ぶ円盤が幸か不幸かキャトられた乳牛を連れ去って、真っ赤な空に溶けてゆく。スペクトルを浴びせてもエレキテルを放っても見えない円盤が逃げてゆく。真っ赤な空を真っすぐに。
何処まで逃げても狂った空は赤いまま。
何処まで逃げても狂った空は赤いまま。何処まで逃げても狂った空は赤いまま赤いまま何処まで逃げても狂った空が赤いまま何処まで逃げても何処まで逃げても何処まで逃げても何処まで逃げても逃げても逃げても狂った空は赤い赤い赤い赤い赤いまま何処まで逃げても狂った空は赤いまま
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