#不思議系小説 第138回「信天翁」

 Tidelandに佇んで、ぼんやりした空に浮かぶ澱んだ太陽を見上げている。じんわり滲みながら時間だけが黄ばんだ空に溶けてゆく。薄曇りと晴れ間の曖昧な境目に向かって名前も知らない白い鳥たちが無数に飛び上がりバサバサと折り重なっている。

 誰にも見せないで、書いてることすら秘密にしていた日記帳を火にくべる。流木と、枯草と、拾ったライターがあって、燃やしたい日々が、灰になってしまえばいいと思う程、いらなくなってしまった記憶が紙になって綴じてある。百万遍繰り返した愛の言葉も恨み言も、全部秘密のまま灰になればいい。
 
 白紙委任の森を抜けて、夕陽ヶ丘に向かって延ばされた線路を走るLimited Express花・太陽・雨。指定席に座れるのはいつだって自分以外の寂しい誰か。誰にもその座は奪えないまま、誰かが射止める席。玉座より気高く着飾り、スケベ椅子より下品な劣情をぶちまけるための、誰かが座る金色の席。

 黄色く、ぼんやりと澱んだ空に黒く鋭い切れ目が入る。暗い暗い傷跡に向かって白い白い鳥たちが吸い込まれるように飛んでって、折り重なって、溶けてゆくように消えてゆく。空の切れ目が広がって、暗い溝に極彩色の光が溢れ出す。それは未知なる世界のオーロラか、異次元人のふるさとか。

 折り重なった鳥たちが、やがて雲のように膨らんで広がって背が伸びて、巨大なヒトの形になる。翼を生やした真っ白な誰かになって、干潟に降り立ち、誰を想ってか、誰を憎んでか、海の彼方に向かって吠える。言葉にも、声にすらならないほどの、ビリビリ響く低い咆哮。それが生きることへの懊悩、そして開く瞳孔、混じる愛憎、歪む相貌、叶わぬ望郷。

 夕陽ヶ丘駅に滑り込んだ全席指定の特急列車。瞳の中のあぶくが弾けて、幾千万の空っぽが詰め込まれたコンパートメントに無賃乗車のプリマドンナ。見逃されて生きて来たわけじゃない、見透かされたうえで生かされて来たのだ。お金、若さ、美しさ。価値があるから見逃され、呆れかえったら見透かされる。その区別に気付かないまま終着駅まで運ばれてしまったことは、不幸中の幸いと言うべきだった。

 狂ったような夕立のあと、真っ黒な千切れ雲の向こうに燃えるような夕暮れの空が見え隠れする。匂い立つ草いきれ、暗い水のほとり。河原に佇んで見上げた故郷の空が夜に飲まれてゆくのを、ただじっと待っていた。
 川面までせり出した木立と、川底に転がる大き目の石ころの陰に隠れて、じっと息をひそめる根暗な淡水魚みたいに生きて来た。川の流れに逆らわず、水の冷たさに文句も言わず、背びれのそよぐままに水の中で息をしている。転がる石には苔が生えぬ、苔も生やさぬまま転がってゆく小石と、苔むすまで佇む大きな石は、生まれた時から何もかも違うというのに、慣用句だけは意味合いも矛先も変えながら世の中を転がってゆく。

 黄砂に抱かれてボンヤリ浮かぶ太陽みたいに、熱も光も曖昧なまま届けばいい。そっと触れた温もりこそが第一印象最高じゃん、大体それで全部決まるじゃん、あとから何を言われても、後出しじゃんけんだけが得意になるよりよっぽどいいじゃん。
 黄砂に抱かれたどんより雲の向こうに太陽、熱も光も曖昧なだけじゃ届かない。もっと触れて温もりを知りたいじゃん、全然それが満たされないから、あとから何でも言い掛かりをつけて、後出しじゃんけんで勝とうとされるんじゃん。
 そんな奴の相手をしてた自分がみっともないけど、素直なところが愛おしい。

 Tidelandがヘドロに沈んで、乾いた表面に足を突っ込んで、悪臭にむせ返りながらも歩くのをやめられない。歩いても歩いてもヘドロに埋(うず)もれた干潟の世界が、性懲りもなく広がっているだけだと、頭の片隅で、心の何処かで、とっくにわかっていたはずなのに。
 空の預金通帳みたいな世界を、ただあるだけで何もない世界を、ヘドロの干潟に佇んで、思い出せるだけ思い出して遊びたい。

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ダイナマイト・キッドです 写真は友人のクマさんと相撲を取る私 プロレス、格闘技、漫画、映画、ラジオ、特撮が好き 深夜の馬鹿力にも投稿中。たまーに読んでもらえてます   本名の佐野和哉名義でのデビュー作 「タクシー運転手のヨシダさん」 を含む宝島社文庫『廃墟の怖い話』 発売中です 普段はアルファポリス          https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/376432056 小説家になろう                   https://mypage.syosetu.com/912998/ などに投稿中 プロレス団体「大衆プロレス松山座」座長、松山勘十郎さんの 松山一族物語 も連載中です そのほかエッセイや小説、作詞のお仕事もお待ちしております kazuya18@hotmail.co.jp までお気軽にお問い合わせ下さいませ

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