ごめんね、と、ありがとう、は人間関係においていちばん大事で必要な言葉だけれど
「ごめんね、でもありがとう」
と二つくっ付いて一つになったら、それが人間関係の終わりの始まり。
見返りなど求めて居ないはずなのに、打てど響かぬ希薄な関係は味気なくて寂しいもので。どうせ、と思って生きて来た道すがらに、また一つ石ころが増えてゆく。私が求めているのは見返りなのか、わがままなのか、欲望なのか、それとも愛着か、執着か。
終着駅のプラットフォームはコンクリート打ち放しで殺風景なもの。古びて色褪せたインスタントカメラの長いベンチに腰掛けて、線路の上を吹き抜ける空っぽの風だけを見送った。
気持ちだけ近くて住まいも生活も遠い人に焦がれて生きる、アプリケーションに閉じ込めた無料通話の疑似恋愛。
閉じ込めてもがいて求めて焦がれているうちが華。
青ざめた景色の中で心臓だけが空回りする。冷や汗も乾いて肋間神経をすり抜けて乾燥肌から蒸発してゆく。素肌の上には汗が乾いても雨など降らない。涙が枯れても血潮が抜けても記憶が薄れても、痣が消えても傷が塞がっても痛みが失せても、刻み付けられた脳髄の奥で鳴り続けるダメージと効果音。
些細なことで礼を言われるとかえって腹が立つ面倒な性格と小さめのウツワ。重ねて保管した食器棚のボウルみたいに、上から数えて取り出した安っぽいプラスチック製の、色褪せた緑色のボウル。
誰も居ない部屋に向かって首を振り続ける、青いプロペラが懐かしい古い扇風機。ダイヤルをいっぱいまで回してゼンマイがジーっと巻き取られてゆくのをスイッチ越しに見つめる俺のシーケンサは何処にある?
どうせダメだ、どうせ終わりだ、自分の目的と手段のひっくり返るまでの速さが嫌になる。善意で何か出来るくらい、友情で何か出来るくらいの余裕など、とうに失せていることにはギリギリまで気が付かずに過ごせるくせに。
抑圧され、先回りしてお前はダメだダメだと潰され続けた心には義足もつけられない。夢の香りを嗅ぎ取るための鼻なんて、殴られ続けてとっくに潰れた。
歪んだ音色、歪んだ顔色、歪んだ声色、歪んだ性根。
スライドする弦の上を滑る指先に滲む血の色。
銀色クラゲが宇宙を飛んで電気ショックを味わいながら、青ざめた惑星(ほし)を見下ろして、ヘラヘラと笑うIn Your Face.
胸元に刻む歪んだ絵柄はスペードのAce.
初めからこじれるようにしかならない。それは重々わかっているけれど、真っすぐ進めばいいと思っている。あの日に浴びた彼女の眼差しと微笑みと芳香が、僕の眼差しと歩みと方向を決めてしまった。こじれるに決まっている、出会いも、惚れ込んだ瞬間も、初めからよじれた糸が絡みついてそのまま編み込まれてゆくのだから。
糸巻き機に繭を解かれてゆく蚕のように、少ない思い出を切り売りして紡ぐ懐古。
その記憶が痛みに塗れ血で濡れて涙で滲んでいることを、分かち合い語り合える人がどれほどいるというのだろう。傷だらけの心が白い繭になって、好きに塗って着飾って、派手な身体と髪の毛が躁鬱の海で浮き沈みを繰り返す。
極彩色の髪の毛と切り傷とカップケーキにまぶしたみたいなピアスの輝く夜に、君の長い髪の毛と白い素肌と煙の向こうの微笑みが眩しくて。水タバコのあぶくみたいに沸き立っては吸い込まれて、吐き出され香り立つ頃には霧消して、天井でゆっくり、ゆっっくり回るプロペラに巻き込まれて溶け込んでゆく。地下のバーの冷えた空気の粒と粒の弾ける合間に。
全てを出し尽くして、呆気なく抜け殻になった僕を、誰が拾って救うというのか。
青いレンズで着飾った瞳が、氷よりも冷たい視線で、夜露と粉糠雨と、それとあとここには書けないもので濡れた御堂筋のアスファルトに毀れたまま横たわる僕を、誰が覚えて眠るというのか。


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