#不思議系小説 第149回「Silver Sweat Cold」

 天使と悪魔とハートと髑髏と、胸元には自分で考えた全知全能のロゴマーク。くるぶしに穴をあけて脹脛を這いずり上がって血潮が満ちてく、膝から肩へ。水着の切れ目から腰、背中、左腋を回り込んで首筋に嚙みついた百足になった猫のモチーフ。
 タバコと安酒を片手に持って着飾った、育ちの悪いゴージャス。

 薄っすら白い膜を張ったみたいな暑い暑い真夏の空に、青い青い少し黒ずんで見えるくらい紺碧の海に完璧なサンシャイン。ぎらつく陽射しを跳ね返し、白く光らせて崩れてく大波小波の黄色いバカンス。

 片側一車線の長く曲がりくねった坂道を下って、途中から細い路地を折れて、いま前からクルマ来たら終わりだなと思いながらハンドルを握る。アクセルを緩めると、目の前に迫る海が少しだけ迫るのをやめる。青すぎてちょっと黒く見える水平線に、輸入車の外航船がゆっくり浮かんでいる。しめっぽく霞んだ空気越しにK-LINEと書いてあるのがうっすら見える。

 背の高い草いきれに殆ど埋もれかかった、錆びてるガードレールに消えかけの落書き。ふた昔前に発売されて全く流行らなかった炭酸飲料の空き缶。真っ白いワンピース、木陰に隠すように停めたボロいクルマ。君の全身に刻まれた天使と悪魔とハートと髑髏と悪魔と死神と翼とスペードが青空の下で、素肌のうねりに合わせて踊る。
 首元には君の考えた万物流転のロゴマーク。麦わら帽子の下で汗ばんだ真っ赤なロングヘアーと色とりどりのエクステが揺れる。

 新しく買ったけどちょっと緩いサンダルで危なっかしく急な坂道を降りてゆく。僕はそんな君の手を取って、二人で海鳴りのする方へ。潮の匂いと、君の髪の毛の匂いと、ノースリーブの腋が見え隠れするたびに届く薫りとが混じり合って、真っ青に晴れまくった炎天下で陽炎になったみたいに脳の奥で揺れる。

 砂浜の手前に積み上げた消波ブロックのコンクリートが思いの外、熱くって。座ることもあきらめてそのまま砂の上を歩き続けた。貝殻と、流れ着いたガラス玉と、巨大な深海魚の骨みたいな白い流木。君の足跡をたどって波打ち際まで。
 いつの間にか沸き上がった入道雲が灰色の足を見せて走って来る。潮風が君の汗を冷やして、崩れずに届いた漣が二人の足元を音もなく洗ってゆく。抱き寄せた君は僕に身を任せている。真っ赤に腫れ上がった君の秘密が脳の奥で濡れる。

 君の鼓動、僕の脈動、潮騒、雷鳴、時々とんび。
 頭上で、胸の奥で、海の彼方で、雲の中で、僕たちを包み込んで奏でる10人編成のバンドがリズムをこねるように歌い踊る。
 やがて不機嫌な突風が君の帽子を飛ばし、大粒の雨が白い服を透かし、素肌に刻まれた傷跡と模様を浮かび上がらせた君を、最後の波が奪い取り沈ませてゆく。
 砂混じりの濁流のなかで振りほどかれた指先が息も出来ないまま離れて、叫び声も涙も絶望も一瞬で押し流されてしまった。

 暴風雨に見舞われた茫然の砂浜に、君の新しい、ちょっと緩いサンダルが片方だけ律儀な忘れ形見のように残された。真っ赤な髪も、ピアスでいっぱいの美貌も、模様と傷跡で彩られた身体も、酒焼けした艶やかな声も、全てはモノトーンの後悔のなか。
 あんなに死にたがったり、生きることと死ぬことを考えたり、自分の考えと生き方を貫こうとしていた君も、波にさらわれ吞まれている時には、もがき苦しんだのだろうか。自分を着飾り、自分を傷つけ、自分を表現し続けた君の、溺死寸前の顔はどんな有様だったのだろうか。

 思い出しても思い出しても雨の中。
 顔を上げれば遥か洋上の雲の切れ目から黄色い陽射しが真っすぐ、幾つも降り注いでいた。夕暮れ前の金色の光を大粒の雨が乱反射しながらバラバラと降り続く。薄れた雲から晴れ間が広がり、雨は弱まり、ぬるくなった風がやがてずぶ濡れの砂浜を後ずさってゆく。
 
 沈みかけの太陽が顔を出して、水面にぎらつく光の帯を描いた。真っすぐ揺れてさざめくその先に、浮き沈みする君を見つけた。呼んでいるのか、それとも独りぼっちがイヤだったのか。僕は迷わず飛び込んでいって、波間に漂う君を目指した。
 咳き込み、流され、重たい洋服に足を取られても、濁った海は荒野のようで、長い鎖を引きずるように辿り着いて掴み取った君の腕が冷たくて、抱きしめて口づけた僕を黄色い太陽だけが見ていた。

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ダイナマイト・キッドです 写真は友人のクマさんと相撲を取る私 プロレス、格闘技、漫画、映画、ラジオ、特撮が好き 深夜の馬鹿力にも投稿中。たまーに読んでもらえてます   本名の佐野和哉名義でのデビュー作 「タクシー運転手のヨシダさん」 を含む宝島社文庫『廃墟の怖い話』 発売中です 普段はアルファポリス          https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/376432056 小説家になろう                   https://mypage.syosetu.com/912998/ などに投稿中 プロレス団体「大衆プロレス松山座」座長、松山勘十郎さんの 松山一族物語 も連載中です そのほかエッセイや小説、作詞のお仕事もお待ちしております kazuya18@hotmail.co.jp までお気軽にお問い合わせ下さいませ

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