顔じゅう血だらけのママの舎利寺がマノの胸板に横顔を押し付け、そのまま胴体を両腕で締めつけながら持ち上げた。岩のような巨体を誇る舎利寺の胸板の上で、まるで縛り付けられたように身動き取れなくなっているマノの全身の骨が軋んで歪む。
ぐしゅううう……!
と鉄臭い息を浴びながら、マノはどうにか自分の胴体と舎利寺の腕の間に自分の指先から手のひら、手首、前腕をねじ込んでゆく。舎利寺はそれをさせまいと、尚も締め付ける。
頸椎から背骨、腰骨、骨盤、足の先まで痺れて来る……とんでもない怪力だ。
「ぐ、ぐあ……がぁは!」
遂にマノの苦し気な吐息に血が混じって、中空にパッと赤く散った。
それを微かな風に乗って浴びた舎利寺は満足げな顔をして、さらに両腕に力を籠める。マノは口をつぐんで歯を食いしばって、痛みと苦しみを必死で堪えている。
決して細くはなく、むしろ筋骨隆々としたマノの脇腹のあたりに、舎利寺の丸太のような腕がガッチリと食い込んでいる。めき、めき、と骨の軋む音がカマボコ板の高性能指向性マイクを通じてボクたちの耳にも届いてしまう。
が、次の瞬間。マノは自らひと際大きく背中を仰け反らせて、次いで舎利寺の顔面に向かって真っ赤な血しぶきを吹きかけた。マノの口から迸った血しぶきは霧のようになって舎利寺の顔面を包み込み、思わず緩んだ両腕をマノが外側から肘の当たりで抱え込み、胸を合わせてそのまま反り投げた。
「閂スープレックスや!」
「あの兄さん、渋いワザ使(つこ)てはるでぇ」
オールドタイマーのファンには好評なこの技で舎利寺の両肘が外れ、さらに頭から固い地面に突っ込んだために今度こそ完全に気絶してしまった。
ぐぅ、と言って突っ伏した舎利寺に向かって、まるでスポーツの試合でもしたかのようにマノが言う。
「オマエ強いな。……友達になれたかも知れないのにな」
そして次に、まだ何かコソコソしている総統以下生き残りの粛清軍をビシっと指さして吐き捨てる。
「こんな連中となんかツルまなきゃ、な!」
その時。広場を揺るがすような地響きと共に区役所側の建物と高い柵が同時にブチ壊され、もうもうと立ち込める砂と埃と瓦礫の混じった煙の中から、何か巨大な物体がゆっくりと姿を現した。
「ふぁははははははははあ! そんな口がいつまで叩けるかなぁ!?」
得意げな総統が拡声器のボリュームを上げながらさらに続ける。
「見るがいいぃ! これぞ我らブリッヂクレインが誇る巨大兵器、巽参轟(たつみ・さんごう)だ!」
「前の二つはぶっ壊れてるってことじゃねえか」
「屁理屈をこねるなぃ! 貴様は生きて帰さん。ここで生野桃谷の土となれぃ!」
「タイルっ敷(ち)きの地べたで土になれってのは無理な注文だな。お前らこそ、そのガラクタごと叩き潰してやる。デカいだけのオモチャなら怖か無いわい!」
今度はマノが天地を揺るがし、一同を仰天させる番だった。
「う、うう……ぎいぃぃ、い……ああああ!」
「まずい! マノ、本気で殺る気だ!!」
「ちょっとサンガネ、あれってまさか」
「なんやなんや、あの兄さんどないしはったんや」
見ていればわかる。そしてボクとあぶくちゃんは見ているからわかる。あれは……。
みるみるうちにマノの全身が膨張し、ぱつんぱつんに張りつめた筋肉が所々で脈動する。巨大かつ強烈なエネルギーが放射され、それを浴びたカマボコ板が空中で姿勢を維持できなくなり映像が乱れた。ボクがそれを必死に調整し、持ち直した頃には……映像の中のすっかり見慣れた青空市場の広場に、まだ見慣れない真っ赤な巨人が仁王立ちしていた。
全身が深紅の被膜に覆われ、その内側で沸騰した血液を送る血管と表面張力の限界まで張りつめた筋肉が蠢く。黒く長かった髪の毛が銀色に変わって反り返り、ライオンの鬣を模したツノのように点に向かって突き出している。
あまりに高温の熱エネルギーを放射するため広場が陽炎に包まれて、ひとつの巨大兵器とひとりの大巨人の姿を陽光の元に揺らめかせた。


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