OSAKA EL.DORADO 32.

「あのなあサンガネ、僕の飛行能力は見世物じゃないんだぞ?」
「いいじゃないか。スカイダイビングで登場すれば大注目間違いなしだ!」
「そりゃあそうだろうが、潜入捜査だろ? 目立ってどうする!?」
「逆だよマノ。連中は自分より目立って注目される奴が大嫌いなんだ。だからきっと君のことを潰してやろうと、とびきりの笑顔で近寄って来る。そうに決まってる。表向きは好意的で歓迎する振りをしながら、ね。だから遠慮なくコチラも近づいて、情報を貰ったり立場を作ったり出来る……そのためには、まず奇抜な作戦で向こうの出鼻をくじくんだ」
「君はインフルエンサーに飼い猫でも殺されたことがあるのか?」
 ボクはそれには答えず、モニター越しにマノの視線を追った。眼下に広がるオーサカシティが猛スピードで過ぎ去ってゆく。マノは市内上空をすっ飛んで大正区は千島団地前の広場に降り立つことになっていた。理由は今マノと話していた通りだ。こういうのは始めのインパクトが肝心だからね。

 一方、千島団地周辺に先行している舎利寺によれば、既にかなりの人数のインフルエンサーどもが続々と詰めかけているらしい。思い思いの服装をして、思い思いの交通手段で。
 あるものは高級車で乗り付け、あるものたちはリムジンでパーティをしながらやって来て、あるものは神輿に乗って、またあるものは大勢の取り巻きと共に往来を練り歩きながら。
 そいつら一人一人が小さな祭だ。自分自身しか担ぎ祀り上げるもののない、人生楽しんだもん勝ち、言ったもん勝ちの独り善がりのパレードが来る。これがオーサカシティで許された唯一のリバティ。それはユートピアのパロディ、孤独なパレードが来る。独りぼっちのくせにいつまでも群れたがる他人事のパレードが。

 やがてマノが千島団地上空に差し掛かると、集会を行うために遊具やベンチなどを取り払った団地の広場を中心に千島公園、そして表の区役所の前まで、びっしりと集まったひと、ヒト、人。
 広場には一段高くなったステージが組み上げられ、そこに煌々と光る色とりどりのライト。そして派手な装飾。さらに巨大な音響。ステージの背景には
【オーサカシティ健全文化振興推進互助団体認定記念第一回クソデカジャスティス総決起集会・in千島団地】
 と仰々しいイベント名とクソデカジャスティスのロゴマークが大書されたフラッグが四隅を留めた形で張り出され、団地のベランダにも祝賀の横断幕、垂れ幕がひしめいている。

 緞帳の下りた舞台を目指して歩き続けるのは盲信の巡礼者たち。要するに、ここを喧伝するインフルエンサーどものキラキラした言葉や日常に踊らされた連中。じゃあ、そのインフルエンサーどもは、どこを目指しているのか。緞帳の向こう側、舞台の上だ。
 自分は、自分たちは、そこに上がって無知で無邪気で無料で集まった群衆を睥睨する権利がある。価値がある。義務がある。そう思ってる。実際(ホント)にあるのは願望だけ。

 舞台裏では高級ブランドのスーツと革靴、キングサイズのシャツにデニム、祭り装束のハッピに白い褌にねじり鉢巻きの男、布面積が極めて少ない水着にボンテージを合わせた太ももから刺青をひけらかす肉付きの良い女性や、派手な着物に素肌を原色に塗った花魁、さらにパンクファッションやゴスファッションの男女、丸眼鏡にモッサリした黒髪で色白のしょうゆ面(ヅラ)を包んだ不細工和服男子、自称・神など様々な服装をした連中が関係者面して集まってきている。誰もみな自分が一番の招待客だと信じて疑っていない。
 踊る阿呆に見る阿呆とは、まさにこのこと。
 そんな魑魅魍魎の跳梁跋扈する千島団地特設ステージ裏に、一人の男がやって来た。

「おおーみんな、よう来てくれたなあ!! ホンマ、ありがとーな!」
「栗永さん!」
「お疲れ様でっす!」
「ウオッス、お疲れっす!」
「栗永さん、今日はご招待頂き有難う御座います!」
「マジやばいイベントすね、客もいっぱい、やべーっすね!」
 
 口々にそれぞれの賛辞や世辞を並べてはぶつけられているのが、今回の決起集会の発起人……つまり大正区文化粛清軍の首魁。その名も
「ピーナッツ栗永R、か……!」
「なに? 舎利寺、ピーナッツバターがどうしたって!?」
「違うよマノ、ピーナッツ栗永Rだよ」
「ぴーなっつくりなが、あーる……奴め、相変わらずナンパな野郎だ」
「舎利寺、彼について知っていることを教えてくれないかい?」
「サンガネさんよ、奴は最低のナンパ野郎だぜ。文化粛清を謡いながら実際は自分に媚びへつらう連中を集めて、その日の行いを褒めさせておいてそれを広める。文化的民意としてな。奴等にとって大事なのは鍛錬や行動、成果でもなく、望ましい結果ありきで垂れ流される、都合のいい部分を切り取った映像や提灯記事だけだ。そのうえ集会や演習もイベントなどと呼んで、また乱痴気騒ぎを繰り返し、それを最高に楽しく熱狂的な集まりとして喧伝させる……そうやって集めた人々を、あの団地に放り込んで実験を行っているんだ。不真面目かつ不埒、破廉恥かつ卑劣極まりない連中の、その頭目だ。どんな奴だか、これでわかるだろう」
「舎利寺がこんなにボロカス言うのも珍しい」
 マノの言う通り、寡黙で武骨な舎利寺が、誰かをこんなにボロカス言うのは本当に珍しい。というか、ボクたちと行動を共にするようになって初めてじゃないだろうか。

「まあ、カタブツの舎利寺くんはナンパ野郎がお気に召さないのも無理ないな」
「……!」
 スピーカーの向こうで、舎利寺がムッツリと黙り込んだのがわかった。図星なのだろう。
「じゃあ、その不真面目で不埒な大正区の乱痴気大将に……ご挨拶と行くか!」
 スピーカーの向こうで、マノがニヤリと笑ったのがわかった。いよいよ期待の新人インフルエンサーのご登場だ。
「頼んだよ」
「こちらはいつでも準備ヨシだ、合図があれば助太刀する」
「マノ、いいかな?」
「ああ」

 ボクはラボのデスクトップからカマボコ板に入っているアプリケーションを起動した。フォルダを開き、あらかじめピックアップしておいたファイルを選択し、再生ボタンを押す。

 その途端、千島団地周辺には不穏で重苦しい音楽が流れ始めた。
 晴れ渡る空すらも不吉な予感で青ざめさせるようなそれは、リヒャルト・ワーグナーによる古の名曲「ワルキューレの騎行」だった。
 ボクの提案した登場を全て受け入れる(インフルエンサーとして、空を飛んで登場する)代わりに、マノがリクエストしたのは、いわゆる彼の「入場テーマ曲」としてこの歌を上空から派手に流すというものであった。

「なんや、誰や! おい、おーーい音響!?」
「何処だ、なんだこれ!」
「あっ!」
「なんだあれは!?」
「上から来るぞ、気を付けろ!!」
 最初に気が付いたのはスーツの男と、ねじり鉢巻きに祭り装束の男だった。太ももから骨盤まで食い込んだハイレグ水着でこぼれんばかりのバストを誇示したバブリー女子が悲鳴をあげながら、ドサクサ紛れに栗永の胸元に飛び込んだ。栗永はそれをしっかりと抱き留めながら、しかしじりじりと足だけは後ずさりをした。

「何しとんねん、みんな早く!」
 栗永は、さもその場の安全を確保しようとしているかのように声を張り上げ、真っ先に自分が逃げられるように様子を伺いながら目だけはマノを見ている。デコルテを覆うソバージュに太い眉をした麗しきハイレグバブリーを抱いたまま。そこへ、ダブダブの白装束に身を包んだ集団がバタバタと駆けつけて来て、栗永がハイレグごと人の白波に紛れて消えた頃、マノは地表に降り立った。

「やあ皆さん! 初めまして、空飛ぶインフルエンサーです!」

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