56.

「ちくしょう、あのイカ野郎……!」
「マノ、落ち着け!」
「これがじっとしていられるか、ミサイルをお見舞いしてやる!」
「待つんだ、こんなところでミサイルなんか撃ったら舎利寺君もアマタノフカシサザレヒメも、ただでは済まんぞ!」
「じゃあどうするんだ!」
「クラーケンを洋上におびき出す。それから攻撃するんだ」
「クリス、危ない!」

 咄嗟にマノの持つカマボコ板に接続したボクらのモニターに映し出されたのは、評定するクリスとマノを乗せたジェミニ目掛けて、クラーケンの巨大な触手が襲い掛かった瞬間だった。波間から飛び出した白い軟体の凶器が飛沫を上げて迫る、迫る。
「いいぞ、もっとかかって来い!」
「舎利寺、舎利寺、応答しろ!」
 操縦するクリスを尻目にマノが呼びかけるが返事はない。
 アマタノフカシサザレヒメの反応は、相変わらず近い。

「なんということじゃ……儂のせいで。あのタコの坊主までもが」
 アマタノフカシサザレヒメの全身は、揺らぎを湛えた海そのもので覆われていた。
 まるでガラスの彫像に見える体には周囲で燃え上がる爆炎が映り、プリズムのように反射していびつで短い虹の輪を現す。
 悲痛な決意を胸に秘めたまま、無残にも蹂躙され尽くした人工リゾートの白い砂浜に向かって歩いてゆくアマタノフカシサザレヒメの頭上を、轟音と共にジェミニが飛んで行く。
「ホッホ……クリスと、マノか。今となっては、あやつらが頼りじゃて。じゃがそれも、儂がこの身を海に還すまで」
 ゆっくり、ゆっっくりと、アマタノフカシサザレヒメの爪先から踝、ふくらはぎ……と海に浸かってゆく。透明な体のなかに潮が満ちてゆく。膝から肩へ。
 やがて彼女の胸元に埋まった宝珠まで海水が届いたとき。

 建物と建物の間から、クラーケンが巨大な冷たい眼球を覗かせてギョロリと見据えた。
 そこに、アマタノフカシサザレヒメの姿があった。

「居たぞ、姫だ!」
「まずい、クラーケンに見つかった!」
「クリス、違う。アマタノフカシサザレヒメは、自らクラーケンの前に姿を現したんだ」
「なんだって」
「僕にはずっと、彼女の嘆きが聞こえていた。その声を辿ってたんだ。彼女は此処へ来たことも、みんなの世話になったことも、心の底から後悔している。彼女の故郷が滅ぼされた時、自分もクラーケンに殺されるべきだったと慟哭しているんだ」
「しかし、何ゆえにクラーケンはアマタノフカシサザレヒメを狙うんだ」
「さあ、それはわからない。けど何か理由があるんだろ」
「それじゃあ、奴に聞いてみるか」
「そうしよう、もう時間が無い!」

 ジェミニが耳障りな音を立てて風を切り、空を引き裂くようにしてアマタノフカシサザレヒメとクラーケンの間へ割り込んだ。
「アマタノフカシサザレヒメ! 早まるんじゃない!!」
 マイクを通したクリスの怒鳴り声が轟音を立てて荒れ狂う岸壁に響き渡った。
 しかし最早アマタノフカシサザレヒメの決意は固く、彼女は胸元で両手を組んで握り締め、祈るような形をとって目を閉じた。暴れ狂う鈍色の濁った波濤が四方八方から彼女に降りかかり、その身を揺り動かさんと迫る。だがアマタノフカシサザレヒメは微動だにせず、一心に祈り続けている。

 やがて、彼女の胸元と額に埋め込まれた神秘の宝珠がほのかにエメラルド色の光を放ち始めた。音も無く輝く宝珠の淡い光の末端が胸元からこぼれるようにして海水に溶けてゆく。周囲で荒れ狂っていた波また波も段々と静まり返り、彼女の周りだけが完全な凪になった。
 そこへ、じりじりと触手を伸ばしながらクラーケンが不気味な巨体を近づけてゆく。ぶよぶよとした、無機質で無表情な目玉が彼女を捉えて離さない。うじゅる、うじるる……粘膜に覆われた吸盤と筋肉質の触手が波間に蠢く音が、やけにはっきりと耳に届く。
「クリス、わかったぞ!」
「どうした」
「クラーケンの狙いは、あの宝珠だ!」
 深海の魔王は満珠干珠の宝玉を目の当たりにして、明らかに色めきだっている。
「しかし、なぜ今更……」
「おそらく彼女は水族館の呼び物として暮らしている間、ずっと息を潜めるようにして暮らしていたんだろう。そのために自分の力を封印していた……だから魔王でも発見できなかったに違いない。だが、聞いた話じゃさっきあの子は不思議な力でマトとミンミを救ったそうじゃないか……あれだよ。あれでクラーケンの奴、サメちゃんを見つけてしまったんだ!」
「そうか……そうだ、あの時、確かにアマタノフカシサザレヒメは私に話していた。何か禍々しいものが近づいている、と」
「それで警戒網を敷いていたんだってな。アンタらしいや」
「とにかくクラーケンを姫から引き離すぞ!」

 ジェミニの機首に青白く眩い光が凝縮され、鋭く力強い光線になってクラーケンの額に向かって放たれ炸裂した。爆発と苦痛にのたうち回る魔王の頭上を目障りに飛び続けるジェミニを、怒り狂った触手が襲う。
「クソッ、これじゃ近づけない!」
「シングルレーザーではダメか……!」
「クリス、この飛行機は分離できると言ったな! 僕がアイツを引き受ける……その隙に姫を頼む!」
「マノ、待て!」
「えーーと、コイツか!」
 言うが早いかボタン操作に従ってシーケンサが作動し、マノの座ったシートがレールの上を滑るようにして機体後部に運ばれていった。やがて隔壁が上がってマノを格納し、何事も無かったように閉まった。
 ガコン、と、くぐもった低い音が響いて、彼を乗せた双子の片割れが白い魔王に向かって飛んで行くのを、クリスは苦笑しながら見送った。

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