第33回「生きる」

本当の力を見せてやれ
お前の力を見せてやれ
本当の声を聴かせてくれ
お前の声を聴かせてくれ
favor por favor
お前の声を声を声を力を
favor por favor

 古ぼけたレコード盤から聞こえてくる知らないメキシコ人歌手の甘ったるくて切なくてちょっと胸やけしそうなクドい声。ルイス・ミゲルをもっと濃厚にしたような、黄色い日差しと排気ガスの香りに彩られた街角を思い出すフレイバーが漂う歌だ。付属の訳詞を読むと、こんなフレーズだった
 見たことも聞いたこともない歌手と曲だったが日本盤が発売されたということは結構なヒットだったのではないだろうか。ジャケットでマイクを掴んでいる、でっぷり太った禿頭にピアスの多い中年男性が歌手なのだろうか。そしてこの歌以外にも我が国でレコードが発売されたことはあったのだろうか
 太陽と情熱の国、などとよく形容されるあの国のイメージを甘く捉えすぎて糖尿病になりそうなジャケットと歌詞と声だった

懐かしい思い出の風景に降りしきる
目の前に伸ばした手のひらさえ
霞んでしまうほどのスコール
あの国は朝8時前でも平気で汗ダラダラ流すぐらい暑くなるけど、
立ったまま溺れるレベルのスコールが降るから夕方からは涼しくなる

 排気ガスの匂いが雨上がりの舗装路で陽炎になって立ち昇る。スコールが止めば再び太陽が顔を出す。夕暮れ前、最後の力を振り絞って真っ赤に燃えた太陽のギラつく光が差し込む天窓。部屋の隅に山積みになったガラクタに埋もれた壊れかけのオルゴールが、か細い音色で歌う懐かしく甘ったるいメロディ

生きるよ、今日も明日も昨日の分まで
生きるよ、いつかまたきっとどこかで
会えるよ、君の事いつも思って生きてるよ
好きだよ、他のきっと誰より君のことだけ
生きるよ、それを必ず伝えるために──

 失くしたんじゃない、壊れたんでもない、自分で手放して置き去りにした夢の亡骸を今更探して泣いている。涙でにじんだ手元から指と指をすり抜けて黄色い街かどに風と消えてく追憶のクオリア
 追いすがっても追いすがっても月のように影のように逃げてゆく月日の長さに
 振り切っても振り切っても追いついて来る迫り来る波打ち際、暗い浜辺に
 流れ着いて積もってゆく夢の成れの果てのガラクタ
 粉々になって砕けて腐る夢の成れの果てのガラクタ
 積み上がり崩れ去ってく夢の成れの果てのガラクタ

 消えてしまわないうちに掴みたい。だけど今更走り出せない。無下に捨てた月日が足枷になって、気が付けば日々の生活に足を取られて。焦ることを諦めて、急ぐことも忘れたくて。目先の仕事に集中しようと思えば思うほど手元が狂う
 それぞれの暮らしがあるんだ。知らなかっただけで、今日も明日も変わらないんだ。無理に変えて会いに行くことが楽しかった。それだけ日々の暮らしがつまらなくて憂鬱だった。今は、今は、今は違うのかもしれない。また違った仕事、違った現場、違った人々と出会ったことで実生活も変わっていた。だから、また違う日々が始まるのに、楽しかったことだけを引きずって変えられずにいる
 オモチャを二つ抱えて駄々をこねる幼い子供のように
 大きな子供といえば優しいが、ガキのままだと言われたら返す言葉もない

本当の力を見せてやれ
お前の力を見せてやれ
本当の声を聴かせてくれ
お前の声を聴かせてくれ
favor por favor
お前の声を声を声を力を
favor por favor

 針の飛んだレコード盤のように同じ歌の同じフレーズを繰り返しながら、堂々巡りの末に衰弱してゆく生活。今日も明日もレコード盤は回るだろう、昨日の分まで
 本当の力なんてあったのか
 俺には力なんてあったのか
 見せてやりたいのはやまやまだが、時間も過去も足りなくて
 いつか、と思って日が暮れて
 明日も明日の手元が狂う

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