#不思議系小説 第129回「粘膜サンシャイン28.」

 Light My Fire

 それからしばらくの間、オタロードの裏通りにある木賃宿に潜り込んだ僕は友人となったサンガネと共にニッポンバシオタロードを探索する日々を続けた。
遅い朝に目覚めたら念入りに身支度をし、先ずあぶくちゃんのお店に行ってコーヒーや紅茶、時には日の高いうちから酒を飲み、水タバコを出してもらうこともあった。

 あぶくちゃんは確かに人気者で、彼女目当てのお客も多い。
 サンガネは、いつも僕より少し遅く、昼前にノッソリとやって来た。初めは僕が呼びかけて向かいのテーブルに座ってもらっていたが、昨日辺りからは何も言わなくても座ってくれるようになった。
 そこで一頻り四方山話をしたら探索に出る。兄さんの手掛かりや、何か武器になりそうなものを集めておきたかった。

 ニッポンバシオタロードには滅びたと思われた古くからの道具屋、電機屋が僅かながら生き残っており、貴重な旧世代の製品やパーツも取り扱っていることがあった。サンガネは、そういうお店のこともよく知っていた。本人曰く、古いパーツを組み合わせて旧時代のラジオや携帯通信端末、果ては超小型原子炉による動力と映像と音声による通信機能を搭載した自立・自走式のロボットを組み立てるのが趣味なのだとか。
 そしてその技術は、僕にとって欠かせないものであった。
 
 あぶくちゃんが切り盛りするCafe de 鬼に勤める女の子にも、やたらその手の話題が得意な子が居た。
 めぃめぃ、と名乗るその小柄で可憐な女の子がそうだった。黒いロングヘアーをお団子にして、垂れ目で口角の上がった優しい顔たちとは裏腹に元はホンモノの職業軍人だったという変わり種だ。めぃめぃは梅々と書き、本当の名前は梅花(メィファ)だという。つまりめぃめぃ、は、めいちゃん、という意味になる……これもサンガネの解説だった。
 サンガネはあぶくちゃんよりもめぃめぃと話がしたいようで、彼女が出勤していると機嫌が良かった。

 道具屋筋の古道具類、失われたレトロテクノロジーの宝庫たる店たちは殆どが地下に潜り、一見相手の商売はせず、専ら誰か信頼出来る常連からの紹介でしか門戸を開くことは無かった。穴場と目され顧客が増えれば密告や転売も起きるし、実際それで酷い目に遭ったという店主も少なくない。
 サンガネもめぃめぃも、この手の店の常連で信頼出来る店を幾つも知っていた。僕は彼らと一緒に店に行き、店主と話をして資材と情報を集めた。
 黒いロン毛の、女好きで掘りの深い顔をした大男は来なかったか?
 と……。大抵は怪訝な顔をされるだけだったし、人探しなどは露骨に避けられたり嫌な顔をされたりもした。だが、一軒の店の主が、兄さんのことを覚えて居た。

「ああ、あのお兄さんね。よぅ来てはりましたよ。なんやマッドナゴヤ行くっちゅうて……ほんでアレコレ見繕いましたわ。えーっと……」
 ボサボサ白髪に半分ズリ落ちた丸眼鏡、薄汚れたエプロンにチェックのシャツ・年季の入ったジーンズという出で立ちの老店主は意外と人当たりが良く、もはや骨董品すら通り越して産業遺産のようなレジスター横の伝票の山をガサゴソやっている。
「弟さんでしたかあ。よう似てはりますなあ。ウノさんはロングロングエキスプレスに乗るっちゅうて、はしゃいではりましたよぉ。あないな見た目、っちゅうたらマノさんに悪いですけど、派手やし、コワモテでっしゃろ? せやけど可愛いところもあるんですなあ」
 確かに、兄さんはああ見えて鉄道が大好きだ。ロングロングエキスプレスという名前は聞いたことがある。この国を実質支配している巨大な企業が運航している、長大な特急列車だ……兄さんが好きそうな列車でもある。

「あった。コレですわ。シールテープ、時のタマゴ、ズームレンズ、シルバートリガー、リロ式の野営ガスバーナーとボンベ一式……あとは」
「兄さんは列車が使えなくなった時のことを想定してたんだ」
「でっしゃろなあ。時のタマゴ言うんはカプセル型のクッカーで、これを火にかけたら大概のモンは食えるようになるっちゅう道具ですわ」
 便利なものがあるんだなあ。
「なんしか、金払いはええし物腰柔らか、怖いのは見た目だけやっちゅう感じでねえ。ええお客さんでしたわ。お会いしたら、よろしゅうに……道具屋のオッチャン言うたらわかりますさかい、いつでも待ってるちゅうてたって伝えてください」
 兄さんはこの辺りでも人当たりの良さを発揮していたらしい。察するに警戒心が強く、心と店のドアを閉ざして営業している人々とも打ち解けていたようだ。あの人ったらしめ。

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