ピアノの妙なる調べと、甘美なギターアンサンブル、突き抜けるドラムス、はらわたにブンと響くベースギター
重厚な演奏と軽快な音色とが調和した見事な楽曲だ。まるで穏やかな冬晴れの乾いた青空に白く爽やかな鳥たちが自由に飛び回ってゆくような。ゆったりとした演奏にハスキーなボーカル。誰も自分を変えることは出来ないんだ。愛する人の願いも、運命も、何も自分を変えることなど出来ない。自由な鳥の様であり続けるんだ──
自由な鳥たちのように、冬晴れの乾いた青空を駆け巡り飛び回ることが出来たなら、どれほど素晴らしいだろう。自由な鳥たちのように、自由な鳥たちのように、自由の鳥たち、自由に鳥たち……乾いた冬のかたい青空を見つめていると、目の焦点が何処にも合わなさ過ぎてゆわんゆわんしてくる。空一面にチラチラとした模様が生まれて、水面を揺らすようにそれが不定形のまま近づいたり遠ざかったり
青すぎる空を見上げることにも疲れてしまい、ふと目線を下げた先には翼と羽根。左腕が肩からモフモフの羽毛に包まれている。驚いて両手を目の前にかざすと左手は5本の指すべてが小さな翼になっており、パキパキと鳴りながら少しずつ蠢いている。右手にも徐々に羽毛が広がり、手首や肘の内側からもパキパキが聞こえて来た
そして左手の指先から付け根、さらに手首の奥にかけて激痛が走る
パキッと鳴るたびにズキリ、パキッ、ズキリ、パキッズキリ、パキパキパキッ、ズキズキズキッ
痛い!
痛い!!
痛い!!!
あああああああ痛い、と次の瞬間。バッサバサバサ……何かが羽ばたく音がして痛みがスっと消えてなくなった。そして左の手首から先も綺麗に消えていた。見ると指の長さ程の小さな鳥が5羽、仲良く北の空へ飛んでいった。文字通りの手のひらサイズな鳥もいっしょに
左腕が先から順に鳥になって消えてゆく。前腕は尺骨と橈骨の二股に分かれてバカっと裂けたかと思えばそこにも羽毛が生えて翼が出来て、やがて飛んで行く
二の腕も同じようにバカリと割れた先から鳥に
右腕も指先から肩口まで電撃のような激痛とともに鳥に
ふらつく足がグニャリと折れて、へたり込んだそばから膝下が羽ばたいてく
足の指から踝、腓骨、膝の皿、ハムストリングス、みんなみんな割れて裂けて鳥になる。羽毛にまみれて翼に変わって、やがて自分を捨てて飛び去ってく
全身がバラバラになるほどの痛みと、寂寥感無力感敗北感の渾然一体。自分自身への絶望と失望、置いていかれる焦燥と空への憧憬。自らを運び導くはずの手足が真っ先に自らを棄てて青い青い遠い空へと逃げ出してゆくのを、ただ見ているしかない現実の事実
そして痛みは尚も続き、羽毛が肩口から大腿から駆け上がるようにして胴体を覆い出した。まさか、やめろ、やめてくれ!
もういやだ! これ以上俺から俺を奪わないでくれ!!
願いも叫びもむなしく響いて叶うことは無く、ゴキリ! とひと際大きな音がして肩が外れて飛んで行く。背骨から肩甲骨まわりだけがメカゴジラのように綺麗に外れて、そのまま羽ばたいてく。あばら骨が軋みながらミシミシ伸びて、べろん、と揺れて羽ばたいた。羽ばたけ、とか、飛び出せ、とか、子供向け番組には元気よく添えられるフレーズだけれど。その元気さでもって自分が自分を置き去りにどんどん衰え萎えた自我だけが取り残される残酷さまではきっと勘定になど入っておるまい
あばら骨の羽ばたきを見送ると、いよいよ残されたのは粗末な性器と背骨、幾つかの内臓だけ。よもやこれまでは、と思った陰嚢と茎がメキリと鳴った
僅かに取り残された「全身」を貫き直す激痛と、不格好な羽ばたき。転がることも出来ず仰臥するだけの有様にとどめを刺そうと疼きだし傷む心臓や肺
首根っこからもメキメキミシミシ音がする。よく首がだるくて気持ち悪い時にタオルを巻いて引っ張ったり、マクラや畳んだ毛布で段差を作って伸ばしたりするように首筋の幾つかの筋肉がググーっと伸びて突っ張って来ている。顎が上がって反り返ったまま右にグリグリゴリゴリッと捩れて止まらない。痛い、苦しい、涙が出る……首の奥、背中との付け根の部分がグリッと回って何かがプツンと切れた。そしてズルズルズルッと首が抜けて、俺は俺を上から見ていた。飛んでる、飛んでら。気持ちがいいや
激痛からも精神的苦痛からも解放され、文字通り羽が生えたように軽くなった俺は喜びと快感を貪るように羽ばたいた
地面にはボロボロのヌイグルミのようになった胴体を残して首だけになった俺が空高く飛んで行く。暫くバタバタともがいていたのが、やがてピクピクと痙攣し、静まり返って死んだのを見届けるのを待っていたように俺も意識も空に溶けて消えていった
消えていったのを見届けた俺の意識も溶けてった
溶けてった俺の最後に残った羽根が一枚ひらひらと舞い落ちて全てが終わった
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