第57回「桜木町から関内よりも、近くて遠いヘイヴンを君に」

 おばあちゃんに会いに行く。秒読みが終わったらキーを回してギアを入れてアクセルを踏み込む。5、4、3、2、1、0、4、5。海の見える丘に建つ墓石の群れから、おばあちゃんを探し出すために
 精神的支柱。気が強くて血の気が多くて気配り上手で、僕のことをいつも気にしてくれてた。そんなおばあちゃんに会いに行こう。もう毎日、自分がなんで今コレをやってるのか、自分で自分が何故どうしてこんなことをしているのか。迷いと後悔の渦の中で見上げた空が夏の終わりで。そうだ、おばあちゃんに会いに行こう。とフロントガラス越しに夕暮れた街を見たまま決めた
 別に、家のお仏壇を一週間ぶりに開いたっていいんだけど、それじゃ芸がねえな。と思って。お墓参りに無芸もクソもねえんだけど、なんか朝早く起きて、緑の匂いのするお墓でおばあちゃんに語り掛けたかった。出来ればいつもおばあちゃんが座ってたストレッチベッドの横に腰掛けて取り留めもなく思いの丈を話して、エグエグ泣いてグズってしまいたかったけれど。おばあちゃんは10年以上も前に遠くへ行ってしまったから、それも叶わない。答えは冷たい土の下にあるから、自分で勝手に拾って解釈して、また生きてゆくしかない。最近は毎日、寝る前に頭が痛くなる。朝起きたら指先がひどく浮腫んでいる。身も心も、何か何処か、寄る辺を失くし惰性に身を任せている気がする
 これじゃいけない。それは自分がいちばんわかっている。だけど、答えもお金も時間も休みも足りやしない。自分で自分をコントロール出来ないまま日々だけが過ぎて、優しい人たちに甘えて、教わって、それを無為にし続けて今日も終わる
 だから、いちばん優しかった人に会いたくなった。いちばん甘やかしてくれて、いちばん喧嘩してくれて、いちばん僕の味方であり続けてくれた。おばあちゃんは冷たい土の下に埋まっているから、その名を刻んだ石を頼りに頭の中から便りを出して、ゆっくり跳ねる時間を過ごそう

毎日毎日夕焼けで
コバルトの空が西の方から
地平線燃え尽きるまで
夜が来て胸に抱いた
ただ一つの夢が星になるまで

空飛ぶサソリを見上げたら
ゆっくり回るレコード盤
ぐにゃりと曲がるレコード盤
空飛ぶサソリが笑ってる
自分で自分に突き刺した
針から漏れた毒が虹
拈華微笑の巨仏は電気仕掛けの夏になる
朝日の差し込む白い白い京浜東北線
桜木町から関内よりも
近くて遠いヘイヴンを君に

 ステンレスのボディに鮮やかなライトブルー。ツートンカラーの京浜東北線が好きさ。石川町の駅からフラっと歩き出す。綺麗になった寿町、朝の遅い中華街、生まれ育った山下町。大桟橋まで辿り着いたら紫色の曇り空、寝ぼけた虹が伸びてゆく。ネオンもサインもチカチカと、擬音も和音もパカパカと、ビートもリズムもキラキラと
 リズム、キラキラ。リズム、ピカピカ。桜木町から関内よりも、近くて遠いヘイヴンから君に

 あの頃は横浜で、何不自由なく幸せに暮らしていた。綺麗になる前の寿町、夜遅くの中華街、生まれ育った山下町でそれらに触れて、感化され、何処の国の人とも友達になれる心を育てる余裕があった。三代前に台湾から移住してきた張(チャン)さん一家、香港から来た楊(ヤン)さん夫婦、在日コリアン3世の姜(カン)さん親子。みんなみんな熱くて優しい人たちだった。僕は僕の友達を誇りに思う。だけど、余裕がなくなった人たちや、初めから触れ合うこともなく育った人たちは、なんとも自然に悪意なく彼らを勝手に十把一絡げにして愚弄する。そんな時、僕は返事に困り半笑いでやり過ごすしかない。反論し論破しようとしたところで何も生み出さないし世の中は何も変わらない
 幼い僕が関帝廟のそばをチョロチョロ走り回っていると、いつも何処からともなく声が飛んだ
 カズヤ、オヤツ食べるね!
 カズヤ、ハルモニ元気か!
 カズヤ! 大きくなったな!!
 だけどもう、そんな彼らにも、僕の強くて優しいハルモニにも、二度と会うことが出来ない。彼らの居ない世界で僕は、僕の住む田舎町で、今日もぼんやり仕事をする。だけど時々、帰りたくなるんだ
 桜木町から関内よりも、近くて遠いヘイヴンで待つ
 みんなのところに

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