50.

「なっ!?」
 それまで母親に縋り付いて泣きじゃくっていたマトが、マノを見るなり目を輝かせて彼をウノと呼んだ。驚きのあまり棒立ちになるマノに、さらなる追い打ちがかかる。
「こら、マト……ウノさんは、もう居まひん。この人は……ウノさん!?」
 さらに我に返って顔を上げたミンミまでも、マトの後を追ってマノを見るなりそう呼んだ。

「ウノ、って……確か、マノのお兄さん?」
「でも行方不明だって」
(にゃ~っ)
 ざわめくボクたちを尻目に、今度は荒野の母子に向かってマノとクリスが食い下がる。
「どうして、どうして僕の兄さんの名前(こと)を知っているんだ!?」
「君たち、ウノの行方を知っているのか!?」
「兄さんは今どうしてるんだ!?」
(にゃ~~っ!)
「マノ、お前ウノと一緒じゃなかったのか」
「僕がオーサカに来たのは、兄さんを探すためだったんだ。でも入れ違いで、兄さんはマッドナゴヤに向かったらしい」
「なんだって……そうか。それでお前は一人で戦っていたんだな。何も初めから我々と対立するために来たわけじゃなかく、単にこの子たちに惚れ込んでオーサカに残った、と……。全くお前らしいな。ええ?」
「クリス、今はそんなことを」
(うにゃ~っ!)
「で、どっちが好みなんだ? 可愛らしいメイドさんの方か。それとも、こちらの麗しいレディか」
「クリス、よせよ!」
「なるほどメイドさんだな! お嬢さん、彼には気を付けた方がいい」
「クリス!!」
 マノがクリスを後ろから羽交い締めにするが、ニヤニヤ笑いを浮かべたクリスはあぶくちゃんに近寄りながらマノを指さして笑っている。今度の羽交い締めには、全く力は入っていない。まるで仲の良い兄弟か親友同士がじゃれついているようだ……この人達は数秒前まで一触即発だったはずじゃないか。それがどうして、今こんなに和やかにふざけ合っていられるのだろう。

 それにしたってクリス大佐がマノの上官で、彼を徹底的に鍛え上げたというのは本当らしい。マノがあぶくちゃんに惚れ込んでいることも、そのためにオーサカに残ったことすらも、すぐにお見通しだ。

「ウノさん、ぼく、マト!」
「ウノさん……本当に、ウノさんですひん?」
「マト、ぼく、マト!!」
「ウノさん、ミンミですひん!」

(違うぢょ~~っ!)

「誰だっ!?」
「クリス、違う! こいつはテレパシーだ!」
「ちょっと、誰!?」
「頭の中に直接聞こえてきたわよ!?」
「まさか、ニャミ!?」
(しょ~だぢよ~、ボキだぢょ~!)
 ボクの声と同時にみんなが一斉にゆりかごの方を振り向くと、お包みの中でニャミが満足そうにウニャ~っと笑った。
「サンガネ、どういうことだ!?」
「マノ、ニャミだよ。この赤ちゃんがボクたちに話しかけているんだ!」
「なんだって!?」
「何だと、そんなバカな!?」
(やっと気づいたニャ。さっきから説明してやろうと呼んでるぢゃにゃいか。良いからとにかくボキの、ボキの、ボキの話を聞け~っ!)

「あの、ミンミさん……?」
「ひん?」
「まさか、本当に……」
「あっ、この子はニャミって言いますひん。どういうわけかテレパシーが使えるんですひん」
「使えるんですひん、って……」
(ミンミって名前も、ウノが付けたんだぢょ~)
「そうなのか!?」
「ええ。私たちヒン族の女には本来、名前が無いんですひん。でもそれじゃあんまりだから、って、ウノさんが付けてくれたんですひん」
 ミンミは頬を赤らめ、胸に両手を当ててウットリそう言った。
「あのとき私が聞いた子供の悲鳴は……このベイビーだったのか」
「僕もだ。買い物をしてたら突然、烈火の如く泣き出した赤ちゃんの声が聞こえたんだ」
「儂もじゃ。そろそろ水槽に戻ってやろうかと思っておったが……」
「みんな一斉に、ニャミの声を聞いてここに集まった。ってわけか」
「ほっほ。これには何かワケがありそうじゃの」

(ミンミ、マト、彼はウノじゃないぢょ。ウノの弟、マノだぢょ~)
「ウノさんは……?」
 マトが暗い顔をして肩を落とした。
「まあそうガッカリしないでくれ。僕はマノ、兄さんがお世話になったんだってね」
「いえ、私たちこそ。ウノさんは何もない私たちの暮らしを、便利で快適にしてくれましたひん。だけど、湖が枯れてしまったので遅かれ早かれ、もうあの土地を出なければならなかったんですひん。ここなら大勢の人が居るから、もしかしたらウノさんが居るかもね、と、話していたところだったんですひん」
「ウノは君たちにも行き先を告げなかったのか」
「ひん……」
「ところがどっこい、兄さんはオーサカを出て、皆さんのお家にお邪魔したあとでマッドナゴヤに向かっていた」
「本当に会えたら、改めてお礼が言いたかったんですひん」
「どうやらウノの奴、相当この子たちに気に入られたようだな」
「兄さんは人ったらしだから……」

(この三人じゃ頼りなかったからニャ、辺り一面に向かって聞こえるように泣いたんだぢょ。そしたらそれを、宇宙人と人魚姫が聞き付けて集まって来たってわけだニャ)
「私やマノはともかく、アマタノフカシサザレヒメがテレパシーを感知できるとは意外だったな」
「ほっほ。儂とて深海の人魚族の長たる血脈。思念の類を読み取ることなど、いと容易いわい」
 アマタノフカシサザレヒメはぱつんと切り揃えた前髪をめくって、額に埋め込まれた小さな青い宝玉を見せた。
「満珠の宝玉じゃ。これで人々の思念を読み取ることが出来るのじゃ」
「潜水艦のソナーみたいなものか」
「サンガネとやら。不粋な奴じゃ」
「で、えっと……やっぱり貴女が人魚族のお姫様なのね。アマタノフカシサザレヒメさん」
「うむ。如何にも儂はアマタノフカシサザレヒメと申す。が」
「が?」
「その名前は長いでな、気軽にサメちゃん、と呼ぶが良いぞ」
「さ、サメちゃんって……」
「あれは本人公認だったのか」
「サメちゃん!」
 マトが早速、無邪気な笑顔で彼女を呼んだ。
「はあーい、サメちゃんじゃよー」

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