頭痛と違和感の中間の、脳を罵詈雑言の薄い膜で包み込んだような感触をスイムキャップのように被って久屋大通の交差点を渡る。天気がよ過ぎて溶けそうな脳味噌を、その嫌な膜で辛うじてカタチを保っているような有様で、ふらつく足取りにも、虚ろな目つきにも、見知らぬ誰かに対する申し訳なさがにじんで来て息をすればするだけ胸が苦しくなる。
幾つかの角を曲がるだけで街は彩りも顔つきも次々変えて、微笑んだり手招いたり。だけど歩けば歩くほど疲れてしまって、路地も木立も見失って、珍しく乗った路線バスは満員で、インフラの中に組み込まれて移動することの難儀さを思い知る。
席が空けばいい方で、座れずにいる隙間があるだけまだマシで、すし詰めのまま見知らぬ人の息遣いに揉まれて、圧されて、身勝手な人間嫌いをひけらかしてるくせに自分でわざわざ満員のバスに乗り込んで来た奴から放射される逃げ場のない苛立ちまで浴びて、一体どこへ向かっているのか。
腹んなかに焼却炉、アタマはボイラー。いつも怒りに飢えた湯が沸いて、溜めこまれた卑屈なエネルギーが出口を求めて錯綜する。それは力と立場と押しに弱い奴を目ざとく見つけては、さもその場で爆発したかのように炸裂させるわかってやってる相手、選んでる。
腹で燃えてるものもゴミだし、ゴミから湧いた湯気だから、悪臭と有害物質の揃い踏み数え役満。かかわった人々を片っ端から汚染して不幸にしていく連続放火魔のマッチとポンプで湯沸かし名人。
昼間だというのに日陰のひび割れたアスファルトには酷い匂いの湿った水溜まり。うっかり踏み抜いた靴から飛び散る飛沫が見知らぬ男のスーツを汚す。
青っぽくて細く見えて仕事より見栄を張る方が楽しくて仕方がない、バカのエサになるために産まれて来たような愛想と歯の白さと肌の浅黒さ以外に取り柄のない無駄チンポ。
安上がりな秘訣をネットで買って、そのまたエサを自分も仕入れて、力と立場と押しに弱い奴を血眼で選んで押し付けようと躍起になってるヤバいと思ってる。だけどヤバいのベクトルが、自分の虚栄の崩壊だけで、財布も口座もご利用明細残高も、これっぽっちも心配してない。買ったエサがまだ食えると信じて疑わない、その素直さが最後の救い。
だけどプロミスアイフルアコムレイク、返済日には四面楚歌。
八百屋の二階に本屋があって、狭い階段えっちら登って、鉄のドアをガッチャン開けて、白い明かり広がる世界欲しいものばかり。手に取った本に残った指紋が興味の対価に迫る詰問、ブッダマシーンの虹が螺旋を描いて天井付近でクルクル、狂う狂う。ゆがんで響いて届いて刺さって、蓮華の花が開いて閉じて。
コップを洗ってゆすいだ水が排水口に流れてゆく。水道水に溶け込んだ、コップに残ったカフェインと甘味料は休日の名残り惜しい夕暮れ時のさみしさを線路にガッタン走るよ他所の家の電車。何処の家の電車もピアノを弾いたら遠ざかり、子供の声で動きを止める。
日付じゃないのよ休みは、土日も無いのよ今じゃあ、旗日があるのは良いけどきっと休みじゃないのよ今度も。積み荷の無い船が氷の世界に向かってくけど、リバーサイドのホテルから、帰れないふたり。
よその家を走る電車も、氷の世界に向かう積み荷の無い船も、大津通を南下するすし詰めの路線バスも、自分の居場所だけを失くしたまま進んでゆく。
湿ったアスファルトの上にも、久屋大通の片隅にも、テレビ塔のてっぺんにも、何処にも無い。お前の居場所なんて。居もしない奴の声だけを集めて伸ばした薄い膜で包んで、天気のいい日に溶けてしまった脳をカタチだけ残して浮かべてふらふら歩く。
鼓動は四つ打ち、リズムだけ同じ、歩き続ける居場所の無い街を。
脈動する脳髄、仕組みだけ同じ、溶け続ける天気のいい日の脳を。


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