#不思議系小説 第101回「夏。あるいは森の奥に聳え立つ巨大な白い壁と青い空(前)」

 何処までも広がる深い山。そのさらに奥。雑木林が森になり、道が消えて土くれの坂道が容赦なく傾き波打った大地を延々と歩く。
 いつまでも続く暑い夏。7月43日は炎天下の水曜日。カレンダーが塵になり日付も時間もゴミになって散らばった日々を延々と過ごす。
 バカみたいに晴れた空。雲一つ浮かぶことすら許されない美しい空。人もモノも安くなって時間を切り売りしても間に合わないから内臓に手を付ける。
 
 吐息の温度がどんどん上がる。汗が垂れて止まらない。むせかえるような緑の匂いが溶け込んで、今にも質量を持ちそうな湿度120%の森の中を泳ぐように歩く。蝉時雨が渦を巻き、わんわか鳴り続けている。木の上で、足元で、耳の奥で、頭の中で。
 蛭が吸い付いた手の甲から血が滴って落ちる音さえ腐葉土を踏みしめる靴音に紛れてハッキリ聞こえてくるぐらい冴えた頭が視せた幻、聴かせた幻。

 太く長い樹木たちが好き放題に伸びる。苔むして蔦が絡み足元にはキノコが躍る。晴れ過ぎて狂った空に向かって生き続ける植物の森。物言わぬ木立の群れが深く暗い過去を覆いつくして茂ってゆく。時々そこに混じる古い電信柱とソーラーパネル。
 すべては無力な誰かの所有物。かつて、この国の神は経済そのもので、労働は宗教だった。義務も権利も無表情なコルホーズで栽培されていた。眠りは質量のない人工甘味料、揺らめく悪夢の中で灯る赤いランプが沈んでく。

 ごぼり、と、あぶくが上がる。美しすぎて狂った空を見限ってパチンと爆ぜる。
 古ぼけた公民館のコゲ茶のサッシ戸を左にズラして外に出ると、青白い三日月の出た夜だった。丘の下はるか彼方に広がる夜景の中で光る青信号。今あの交差点を渡る人は居るのか。
 眠る街のネオンを縫うように走るヘッドライトがひとつ、ふたつ、みっつ数える前に天国旅行へ行くんだよ。あの黄色いライトたちに見つかったらオシマイだと、何故だか僕は気付いてる。それで、反対側の山に向かって走り出して三日が過ぎた。

 自由な鳥のように生きる僕を、誰にも変えることなど出来ない。そう思っていたら、何処にも帰るあてのない不自由な鶏のようになっていた。怯え続け逃げ続けることしか出来ないまま、気が付くと真っ黒に波打つ山々に向かって駆け出し、走って走って夜が明けて。
 何百何千年と積もり続けた落ち葉枯れ葉に埋もれるようにして眠る。頭のすぐ横を紫八重歯ミミズが這って葉っぱをかじる音がする。普通のミミズと違い頭の部分から首元の濃橙色のベルトにかけてギザギザの鋭い歯が付いていて、枯れ葉や木の根、小さめの甲虫の死骸や小動物の皮膚や内臓ですらもかじりながら進むことが出来る。
 ザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザリザ……
 ザリザリザリザリジョリジョリゴリゴリザリザリジョリ……
 ガリゴリガリゴリガリゴリガリゴリゴリゴリガリゴリガ……
 十や二十じゃきかないぐらい居る。紫八重歯ミミズたちが群れを成して地面の下を一斉に這い進んでいる様子が、土くれの上に横たえた体の皮膚や筋肉、骨を通して伝わって来る。その微かな振動、齧り砕かれた葉っぱや虫の死骸、小動物の軟骨内蔵の断末魔的破砕音がやがて幾つも組み合わさって、ガリガリとザリザリの大群になって波打ちながら進んでゆく。雨の降る方へ。紫八重歯ミミズは極端と言えるほど乾燥に弱く、常に気圧の低い方に向かって進む習性がある。つまり、彼らの動きを見れば天気に関して大体の予想が付く。自分が向かう先に、雲は少なさそうだ。

 度重なる環境戦争と天候兵器が使用されたあとで。病的なまでの晴天と、脂の塊が浮かんでいるのと同然の濃脂雲塊から降り注ぐ重金属溶融オイルの豪雨が繰り返された結果、地表の生物の中で激烈な変化を果たしたものが幾つかあった。紫八重歯ミミズもその一つで、彼らは脂の海と化した大地の奥深くで猛烈に進化し、その過程でこの星の地表と言う地表を覆いつくし死滅させるほどの重金属溶融オイルを完全に分解浄化することを可能にした。いま僕が寝転んでいる、この地面も、まさに今この地面の下を進む彼らが浄化し、残していったものなのだ。

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ダイナマイト・キッド
ダイナマイト・キッドです 写真は友人のクマさんと相撲を取る私 プロレス、格闘技、漫画、映画、ラジオ、特撮が好き 深夜の馬鹿力にも投稿中。たまーに読んでもらえてます   本名の佐野和哉名義でのデビュー作 「タクシー運転手のヨシダさん」 を含む宝島社文庫『廃墟の怖い話』 発売中です 普段はアルファポリス          https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/376432056 小説家になろう                   https://mypage.syosetu.com/912998/ などに投稿中 プロレス団体「大衆プロレス松山座」座長、松山勘十郎さんの 松山一族物語 も連載中です そのほかエッセイや小説、作詞のお仕事もお待ちしております kazuya18@hotmail.co.jp までお気軽にお問い合わせ下さいませ

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